増田寛也×砂原庸介 「地方消滅」予測から10年――コロナ後の首都圏回帰

増田寛也(日本郵政株式会社社長)×砂原庸介(神戸大学教授)
砂原庸介氏(左)×増田寛也氏(右)
 新型コロナが5類に移行し、パンデミック下とは様相を異にしてきた現在の人口集中について、『地方消滅』の編著者・増田寛也氏と、地方政治が専門の砂原庸介氏が語り合う。
(『中央公論』2023年6月号より抜粋)

コロナ後に再び進む東京圏への人口集中

──増田さんが『中央公論』で「消滅可能性」自治体の存在を指摘した論考から約10年、その具体的な自治体名を明らかにした「増田レポート」から9年がたちますが、東京と地方の現状をどう分析していますか。


増田 私が座長を務めた民間組織「日本創成会議」の人口減少問題検討分科会は、2014年の報告書で将来消滅する可能性のある自治体名を明らかにしました。40年までに全国市町村の49・8%にあたる896自治体で、20~39歳の女性が50%以上減ることがわかったからです。

 さらに、18年に国立社会保障・人口問題研究所が発表した人口予測から消滅可能性都市を改めて算出すると、14年の公表分より31自治体増えて、927自治体になっています。前回、ボーダーライン上にあった自治体が軒並み消滅可能性都市になりました。群馬県南牧(なんもく)村は若年女性人口減少率90%でしたが、さらに悪化しているのは間違いありません。

 この流れを一時的に止めたのが新型コロナでした。発生直後の20年、21年には東京都からの転出超過が起こりました。しかし、昨年からは再びそれ以前のような転入超過に戻り、今年はおそらく19年に近い数の転入超過になると思われます。

 ただし、東京都への転入超過を年齢層で区切ってみると、15歳から29歳までが中心で、9歳以下あるいは30歳以上は転出超過です。つまり、大学進学と就職で東京都にどっと人が入ってきている。ポイントは、これが自然増ではなく社会増だということです。

 また、コロナ下の転出の行き先は、ほとんどが千葉、埼玉、神奈川という首都圏。つまり、都心からは離れているものの通勤できる距離に引っ越している。家賃が安くて広い住宅が手に入るし、子育て環境もいいという理由で引っ越した世帯が多かったのです。

 コロナ禍が収束すれば、転入と転出の数字は以前の水準に戻ると思いますが、テレワークが広まってきているので、全くの元通りということはないでしょう。一定数の人たちは住みやすさや子育てのしやすい環境を求めて、東京の郊外に行く。また、外資系企業などではテレワークを中心にしてオフィス面積を抑えていますから、今後の転入と転出の内容を丁寧に分析しなければならないと思います。


砂原 増田先生とほぼ同じ認識です。東京中心部の住宅価格、特に23区の家賃が高くなっているため、東京圏の人口は膨張するが、東京都内への転入はそれほど増えないという流れが続いていると見ています。

 地方から東京への人口の移動については、私は「増田レポート」に書かれていた「人口ダム」の議論が重要だと思います。現時点では東京都への流入の勢いは落ちていますが、東京圏への流入が依然として続いていることを考えると、人口ダムの決壊という次の局面に展開する可能性があるのではないか。壊さず維持することを、今まで以上に真剣に考える必要があると思います。


──人口ダムとは何ですか。


増田 私は第1次安倍改造内閣(2007年8月27日~9月26日)で総務大臣になり、その後の福田内閣でも総務大臣を務めましたが、福田康夫元総理がよくおっしゃっていたのが人口ダムです。

 福田総理は、地方の中核都市が他市町村からの就職や進学の受け皿となり、県外への流出を防ぐ機能を指して「人口ダム」という言葉を使っています。そして「ふるさとに若者が残れるような政策が重要だ。総務大臣として考えてほしい」という話をもらいました。それを受けて私は在任中にいろいろな場で、「ある程度の規模の都市のさまざまな機能を高め、若い人が東京にだけ集中することがないような政策を進めたい」と申し上げました。

 東京圏近郊で言うと、群馬県の高崎市、静岡県の熱海市といった都市の機能を高めて、若者がそうした都市に働き口を見つけ、住宅価格の高い東京まで出てこなくても暮らせるようにしようと考えたわけです。しかし、こうした政策には時間がかかります。短期間ではっきりした効果につながらないうちにコロナ禍に見舞われてしまいました。

 地方中核都市──仙台や広島、福岡、札幌などの都市はポテンシャルがある。今後もさらなる機能アップをしていくことは、重要な目標だと思っています。


砂原 具体的な対応としては、地方圏への人口定住を促進する政策「定住自立圏構想」。それから、中核的な都市が近隣の市町村と連携し、活力ある社会経済を維持するための拠点を形成する政策「連携中枢都市圏構想」ですね。


増田 おっしゃる通りです。

 ただ、そうした政策を政府が打ち出すと、政治方面から必ず「それ以外の都市は見捨てていいのか」という意見が出てくる。そのため、非東京圏地域の経済や住民生活を支える拠点となる都市、すなわち中枢中核都市を強化しようとすると、その数が40にも50にも膨れてしまいます。数が多くなり過ぎると拠点性が薄れてしまう。そこは今後考え直さなければならないと思います。

 また、NPO法人「ふるさと回帰支援センター」などのデータを見ると、コロナ下において、東京圏在住者の地方移住への関心は若年層で高まっています。一方で、東京圏在住者の約7割が東京圏で生まれている人であり、地方出身者は3割くらいしかいません。

 21年生まれ約81万人のデータを見ると、その3割は東京圏の生まれです。ふるさとが東京圏という人が非常に多くなり、今後もさらに増える傾向にある。Iターンのような形での関心は高まっているが、いわゆる地方から東京に出て、ある年齢になったらまた帰るという「ふるさと回帰」の数はどんどん少なくなっていきます。逆に言うと、移住したい人の心を惹く魅力を、これまで以上に地方が付けていかないといけないと思います。

 インターネット環境の充実により、地方移住するには転職しなければいけないという縛りはなくなりつつあります。「転職なき移住」が可能になってきていますから、そうした事例も調べて自治体が政策を打つことは可能ですし、積極的にチャレンジしていかなければなりません。

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