元米交渉官が明かすトランプ関税の真因 アメリカが国際貿易から「退場」する日
2極化する政治
――なぜ自由貿易に反対する声が大きくなっているのでしょうか。
民主党のバーニー・サンダース上院議員は進歩派、共和党のトランプ氏は新右派で、政治的スタンスは正反対に見えますが、貿易が「機会」より「害」をもたらしており、「ゼロサム」であるとの見解では一致しています。これまで両党で議論を主導してきた中道派は生き残れなくなりました。
私が本を書こうと思った最大の理由は、アメリカで起きている変化は根本的なもので、一時的なものでも、個人に起因するものでもないことを明らかにしたかったからです。政治や政策の変化は、国内的な要因によってもたらされているのです。
――「ゼロサム」についてもう少し詳しく教えてください。
ゼロサムとは、他者が何かを得れば自分が失うという考え方です。たとえ自国経済が貿易を通じて成長していても、他者がより多く成長し、より良い状況にあると見なされる場合、あなたは失っていることになります。貿易システムは相互に利益をもたらすという概念は過去のものとなり、スコアカードの数字で誰が勝っているか、負けているかという結果だけが重要になります。国際貿易において、アメリカがすべてを得られず、日本が何かを得れば、アメリカは負けたことになるのです。アメリカ人が「このゲームで自分たちは勝っている」と確信しない限り、方針を変えるのは難しいでしょう。
トランプ氏が掲げる「America First(アメリカ第一)」こそが、ゼロサムの定義です。「America Only(アメリカだけ)」(が勝つこと)が究極の定義かもしれません。
この傾向は貿易に限りません。アメリカでは中間層の意見が多数派を占めているにもかかわらず、極端な意見が議論を支配し、相手を打ち負かして勝つことだけを求めています。これがゼロサム政治です。合意はありません。なぜなら、民主党が何かを得れば、共和党はすべてを失い、大統領は負けると考えるからです。
(『中央公論』8月号では、この後も歴代米政権との比較、トランプ関税のゆくえを握る連邦議会の動向、日本が担うべき役割などについて論じている。)
1998年、英国オックスフォード大学で政治学の博士号を取得。2004年まで米商務省に勤務した後、17年から23年まで米通商代表部(USTR)で日本、韓国、アジア太平洋経済協力(APEC)担当の代表補を務めた。著書に『Walking Out』(スタンフォード大学出版)がある。