不確実な時代こそ日本再生のチャンスだ――アジア開発銀行(ADB)総裁が語る世界経済、アジア、そして日本

神田眞人(アジア開発銀行(ADB)総裁)

海外人材を受け入れる態勢ができていない

――神田総裁は外国人政策や大学改革にも携わってきました。トランプ政権がハーバードなど名門大学と対立するなか、世界の人材の流れは変わるでしょうか。


 すでに急速に変わりつつあります。第2次世界大戦の頃、アメリカの学術が強くなった要因の一つは、ナチス・ドイツのホロコーストです。ドイツにいた優秀なユダヤ人研究者の多くがアメリカに渡ったことが、アメリカの科学の礎(いしずえ)になっている。今回のトランプ政権の政策はそれに近い事態です。各国にとっては大きなチャンスで、人材の奪い合いが始まっています。私もただちに日本の大学の学長たちに早い者勝ちだと助言しましたが、だからといって「誰でもいらっしゃい」という態度では見下されるだけです。

 外国人の受け入れ態勢という点でも、日本は多くの途上国以下です。私も推進してきた「国際金融都市構想」では税制の優遇なども議論されましたが、すでに欧米並みの水準です。問題は、日本は、円安で旅行にはお得だけど、住む環境ではないと思われていることです。家族と来日して、教育や医療は英語で受けられるのか。ビジネスでも起業には英語でワンストップが国際標準ですが、日本では一体、いくつの役所を回って和文申請書を提出しなくてはならないのか。

 そもそも、実質金利は深くマイナス、人口も実質賃金も減っていて、潜在成長率が0・5%の国に投資したい人がいるのか、とも言われてきました。ここはようやく賃金が安定的に上昇し、名目金利も正常化方向で、かなりよくなってきましたので、各国、特に投資家には日本市場への期待を話しています。

 大学も同様です。日本語環境で守られ、封建的な人事・予算の既得権が、新しいハイリスクの新領域、複合領域への挑戦や若手研究者のアンビション(大志)を打ち砕く。私は科学技術予算や大学予算総額をかなり増額する一方で、社会にとって重要だが、本当に難易度の高い研究に資金を回そうと、努力や実績に応じた傾斜配分を導入しようとしましたが、既得権、横並びを死守しようとする守旧派は徹底的に抵抗しました。

 ビジネスでも学問でも、日頃から門戸を開いて、流動性・多様性を高めておかなくては、競争力はつかず、チャンスも掴めません。

 しかし歴史を繙(ひもと)いてみると、日本は奈良・平安時代の昔から外国に謙虚に学び、カスタマイズし、世界に誇る独自の文化を創ってきました。明治維新も第2次世界大戦後の高度成長も、危機を改革の転機にし、外に開いて成就したものです。日本人は本来、もっと強いはず。自信とともに覚醒し、今一度、将来の繁栄と幸福のために、活力を取り戻すことをマニラから祈念しております。


(『中央公論』2025年8月号より)


構成:髙松夕佳

中央公論 2025年8月号
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神田眞人(アジア開発銀行(ADB)総裁)
〔かんだまさと〕
1965年兵庫県生まれ。東京大学法学部卒業。オックスフォード大学院経済学修士。87年旧大蔵省入省、主計官、主計局次長、総括審議官などを歴任し、2021〜24年財務官を務めた。この間、世界銀行に6年勤務、OECDコーポレートガバナンス委員会議長に8年間在任。25年2月より現職。
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