安全を根底から吹き飛ばした福島原発の爆風

桜井淳(技術評論家)

 しかし、これを発表してしまうと大パニックが起きてしまう。炉心が溶融に向かっていて、なおかつ使用済み燃料貯蔵プールで燃料が溶融しかかっており事態はどんどん進行している。しかもそれが一つの原子炉ではなくて、炉心は一号機から三号機で、プールは一号機から六号機で起きている。こんなことが同時に進んでいることを発表したら収拾がつかない大混乱が起きる。

 結局、彼らは知っていたけれども、順序からして最初は炉心の話しかできなかった。その後、様子を見ながら徐々に情報を出し始めた。危機管理をする側が事実を全部言ってしまうと、社会がパニックに陥ってしまう。例えば、それによって、多くの人が急遽、先を争って逃げ出そうとするだろう。あるいは社会的混乱によって交通事故が発生するかもしれないし、多くの死者が出るかもしれない。

 こういう場合には、危機管理をする側が、できるだけ社会を冷静に保ちながら、なおかつ現場で確実に作業を進めることによって、いかに混乱をなくして安全側に収束するかを考えるものだろう。極めて政治的な対応だったと思う。記者会見の内容が、具体的な数字を出さないとか、あるいは起こっているすべての情報を出していないとか指摘する人はいる。私も確かにそう思った。しかし、それは彼らなりの国としての危機管理だったと考えている。

 ともかく、事態の進行が最終的な破局を迎える前に小康状態になったのは不幸中の幸いといえる。非常用ディーゼル発電機までが機能しなくなったら、炉心溶融、あるいは使用済み燃料貯蔵プールの燃料が溶けるということは分かりきったことであり、それゆえ諸外国も悲観的な態度をとったのである。しかし、福島第一原子力発電所のオペレーターたちは、交流電源がなくなるという事態のなかで手持ちのわずかなツールを使い試行錯誤を行った。

 まず東京電力が保有している電源車を、急遽、福島第一発電所に持ってきた。ところが、大部分の原子力発電所の緊急冷却系は交流だが、電源車はバッテリーだから直流だ。供給できる場所は決まっていて、とても大型のポンプなんて動かせない。冷却材としての水は設備内に十分あるが、これは大型ポンプを使う系統内にあるので電力が供給されなければ何の意味もない。

 結局、現場に設置されていた発電機で動くポンプを使い、必要量には全く足りないものの、外部から海水を注入し、炉心冷却を図り、放射性物質の放出を覚悟で圧力容器内の気圧を下げるなどの努力をして、外部電源の復活や使用済み燃料プールへの冷却水直接注入という本格的な対策までの時間を稼いだ。この結果は、いわば奇蹟としか言いようがない。

安全のか細い前提

 ここで改めて、原子炉、特に冷却材、減速材に水を使う軽水炉の安全について検討してみる。

 軽水炉には三つの命綱がある。日本でも、国や専門家は「何重にも安全対策が施されているから、すべての命綱の機能が喪失することはない」という大前提に立っており、実際、現在の軽水炉技術はこれによって成立している。

 三つの命綱は具体的にどういうものか。一つは、原子炉の核分裂を停止させるための制御棒。これが必要なときに原子炉の炉心に挿入される。二つ目は緊急炉心冷却装置。原子炉の冷却水が、何らかの配管破断事故等で漏れたときに、漏れた冷却水に匹敵する量を炉心に急遽注入する。これを行わないと、炉心の燃料棒がむき出しになり高温になって溶融してしまう。三番目の命綱が、今回、福島第一発電所で機能を喪失した非常用ディーゼル発電機だ。

 これらの命綱は、原発の定期点検の際にオーバーホールをして性能を発揮することを確認するだけでなく、より厳密に常にこれが機能できることを確認するために、原発の運転中にも、毎月一度、これを起動して、常に正常なスタンバイ状態にあることを確認しているほどだ。

 原発というのは、ありとあらゆる制御系や安全系の機器に外部から電力を供給して初めてシステムが機能して、そして原子炉を起動して、定格状態に持っていって、定常の発電が可能になる。

 ところが、アメリカであれば竜巻、日本であれば強風、台風、雷、地震によって、送電線異常が起こり、供給される電力も遮断されるという、過去に起きた自然事象からあらかじめ想定できる事態がある。

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