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安全を根底から吹き飛ばした福島原発の爆風

桜井淳(技術評論家)

 二〇〇七年から導入された今の耐震指針は、それ以前にはなかった、ある一つの特徴的な考え方がある。それは、「残余のリスク」という概念だ。それは、これまでの研究の集大成として、耐震設計をはじめとする安全設計を行うが、そこには人間が認識できない世界がある。確率的には非常に小さいけれども、一定の不確実性の領域がある。これを残余のリスクといっている。

 では今回のマグニチュード九・〇という、これまで日本で発生したことのない規模の地震と、それに伴う非常に大きな津波に耐えるだけの設計ができなかったことは、残余のリスクといえるのかどうか。私は今回については単純に人間側のミスといってもいいのではないかと思う。ともかく津波を想定しない安全審査指針が未熟なのだ。

 では指針が強化されたとして、これからさらに強い地震や津波が発生しても不思議ではない日本で、大型原子力発電所をつくることが、はたして適切なのかどうか。残余のリスクを考慮すると問題は常に残ることになる。

 もし、どうしても電力供給のため必要というのであれば、どういう考え方でつくればいいのだろうか。今回の事故で分かったように、軽水炉は、電力を供給して積極的に安全系の冷却ポンプなどが働かないかぎり、炉心の安全が守れないし、放射能の放出を防げない。これは実は、二十世紀後半の技術に特徴的な設計思想だ。人間が十分注意し、しかも機械は設計どおりで、安全系統が積極的にアクティブに働いて初めてシステムの安全が守られる。非常に硬直化した機械文明下の古い技術として位置付けられる。

 これは原子力発電所の技術ばかりではなくて、一般産業技術すべてについて共通する問題だが、今回の事故のようなリスクを回避するためには、「人間はミスをする、機械は壊れる」「もし作動を必要とするような安全系でも作動しないことがあり得る」。この二つのことを前提にした安全技術を構築しなければならない。アクティブな力を必要とせず、自然の法則や、パッシブな力で安全を維持する技術である。
 原子炉ではすでに実用化され始めている。一つは、ウェスティングハウス社のAPシリーズ。APは advanced passive の略。建屋の中の原子炉の上の階に巨大な冷却水タンクを設けて、原子炉とタンクを配管でつないで、その真ん中に逆止弁を設けている。仮に、どこかの配管やシステムの一部が破れて、冷却材の喪失事故が起こり、原子炉の圧力が低くなると検知して、圧力の差で自動的に冷却水が原子炉の炉心にばっと落ちてくる。いわゆる重力落下だ。電源もポンプも必要としない。

 ほかには日本原子力研究開発機構などが開発している高温ガス炉。これは、冷却材にヘリウムガスを使うが、炉心構造材と燃料被覆が特殊で、実際に冷却材ポンプ(送風機)を全く止めてしまっても、炉心の温度は緩やかに上昇するが、燃料被覆が破れたり、放射性物質の放出がないということが実証されている。こういうふうに、電源が喪失して冷却系が一切機能しなくても、設計の仕方によっては固有の安全を維持し、自然に安全側にとどまるというような技術がすでに可能なのである。

 しかし、一方で今回の事故は、建屋が水素爆発で次々と吹き飛ぶ映像が全世界を駆けめぐることになった。特に三号機からキノコ雲が数百メートル上がった映像は本当に衝撃的で、原子力発電の将来に対して、絶望的に「ノー」という人がほとんどだと思う。あの光景が、今後の各国の原子力政策や、原子力発電の将来計画、政治経済に与えた影響というのはマイナス無限大だと思う。

 ただ単に新しい安全技術を提示するだけではすまないだろう。二十世紀型の技術との向き合い方を全面的に見直すという課題を、世界に突きつけた歴史的な事故といってよいだろう。

(了)

〔『中央公論』2011年5月号より〕

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