安全を根底から吹き飛ばした福島原発の爆風

桜井淳(技術評論家)

 外から供給する外部電源を喪失したら原子力発電所の安全が維持できなくなる。停電の際には、制御室あるいは冷却系に電力を送るための非常用ディーゼル発電機を起動しなければならない。だから、これが最後の生命線で、機能しなかったら炉心が溶けてしまう。原子力発電所というのは、非常に大きく複雑なシステムで、よく専門家が「何重にも安全対策が施されているから大丈夫なんだ」といういい方をするが、私は、もっと本質的なことを多くの専門家は見誤っているのではないかと感じている。あの立派な巨大な原子力発電所が、何によって最終的に安全が担保されているか。高さが二メートル、幅が二メートル、長さが五メートルぐらいの、ちっぽけな熱機関、いわゆる非常用ディーゼル発電機のエンジン部分なのである。

 実はアメリカで、一九七〇年代初めに、原子力委員会(現・原子力規制委員会)が、軽水炉の炉心溶融に至るプロセスをすべて抽出して、システムのどこに問題があるのか、そういう事象が発生する確率がどのぐらいであるのか、また、炉心溶融が起こったときの最悪のケースとして被害の推定など包括的な研究を行い、いくつもの詳細な報告書が提出されている。

 その中で「意外なことに、ディーゼルの性能は安全系統の弱点の一つとして知られている。統計によるとディーゼルの約三パーセントは、必要なときにうまく起動しないということである。そのうえディーゼルがうまく起動したとしても、非常用の負荷をいっぱいかけるとトリップを起こす確率(約一パーセント)がある。外部電源の故障は当然起こるものであるから、ディーゼルの信頼性を向上させることが必要で、AEC(Atomic Energy Commission アメリカ原子力委員会)はディーゼル補助系統にさらに厳格な要求を課する方向で傾いているようである」(『軽水炉の安全性 米国物理学会研究グループ報告』一九七九年)という指摘がすでになされているのである。

 ここで問題になっているのは、停電信号が入ったときに、非常用ディーゼル発電機が確実に起動するかどうかの信頼性である。日本の非常用ディーゼル発電機は世界的に信頼性が高いといわれているが、それでも起動を失敗する確率は一〇のマイナス三乗、つまり一〇〇〇回に一回だ。それでは原子力発電所の安全を守るうえで、絶対的な信頼性ではない。そこで本当は一台ですべての必要な電力を非常時に供給することはできるけれども、信頼性という観点でもう一台並列に設置しておけば、一〇のマイナス三乗掛ける一〇のマイナス三乗イコール一〇のマイナス六乗で、一〇〇万分の一の失敗確率になる。そうすれば、工学的には心配するようなことでもない。これが非常用ディーゼル発電機の信頼性の考え方だ。

 福島第一発電所は、七〇年代初めに運転を始めた日本では古い発電所で、非常用ディーゼル発電機は原子炉一基につき二台。最新鋭の原発では、柏崎刈羽一号機から七号機のように、原子炉一基につき三台設置している。この場合、一〇のマイナス九乗、一〇億分の一の失敗確率になる。これだけの安全度をかけているにもかかわらず、今回の地震で、なぜ非常用ディーゼル発電機が働かなかったのか、原因がしだいにはっきりしてきた。原子力発電所を設計するときには想定地震の地震加速度に安全率を掛けて耐久度を決める。私は最初、想定外の加速度の大地震が起こったために、揺れによって機器が破壊された結果ではないかと思った。

 しかし、そうではなかった。福島第一発電所の耐震設計の想定地震加速度は六〇〇ガル。実際に地震計で観測された地震加速度は、それより一〇%上回っていた。しかし、二〇〇七年七月十六日の新潟県中越沖地震では柏崎刈羽の一号機から七号機が震災に遭ったが、耐震設計で想定した地震加速度の倍の揺れだった。それでも原子炉格納容器内で変形はなかった。これに比べれば一〇%など超えたうちには入らない。もし地震による揺れが原因であれば、震源から一番近く、運転中の女川原子力発電所一〜三号機が最も被害を受けるはずだった。だが女川発電所は何の異常もなく、非常用ディーゼルが起動して、安全に炉心を冷却している。

 福島第一原子力発電所が最も被害が大きかった一番の原因は、今まで安全審査とか原子力業界があまり深く検討してこなかったこと、つまり津波だった。今回の地震では、津波が想定よりもはるかに大きかったために、致命的な問題を起こしたのである。

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