《追悼 益川敏英さん》【前編】若者が科学に夢を持てる国に

益川敏英/聞き手・竹内 薫(科学作家)

考えない子供を量産する日本の教育

竹内 最近の大学入試についてどのようにお感じですか。


益川 A方式とかB方式とか、ああいう複雑な入試はやめたほうがいいと思う。受験の機会を複数与えるためというけれども、あれのせいで、問題を作成する大学の先生はものすごくエネルギーを消耗している。高校の先生や受験生もです。
 試験は1回だけでいいと思う。高校での学習の到達度を見るのに、あんな複雑な方式が必要ですか? 絶対にそんなことはない。
 試験問題はシンプルにすべきです。ただし、易しくしたらいいなんて言うつもりはありません。


竹内 多少は歯ごたえのある問題でもかまわないということですか?


益川 少年たちはね、時間さえ与えたら、少々の負荷を与えたってちゃんとついてくるんです。
 まだ学習という習慣が身についていない人は駄目ですよ。これは別途、対応を考える必要がある。しかし、すでに軌道に乗った人に対しては、かなり難しい問題をぶつけても、彼らは食らいついてきます。
 落ちこぼれ気味の人と進んでいる人を、ごっちゃにして議論するのは間違い。別々の対策を立てなければいけない。
 新聞のコラムに載っていたんだけれども、同じテストを高校生、中学生、小学生に受けさせたそうです。いくつか設問がある中で、ある問題に関しては、小学生、中学生、高校生の順に成績がよかったといいます。
 どういう問題かというと、ビーカーの中に水が半分ほど張ってあって、これを斜めに傾けたら水面はどうなるか図示しなさいというものです。
 小学生は小学生で、自分なりに考えて解答をする。人によっては水面にさざ波を書いたりもする。ビーカーを傾けたときに波が立つかもしれないと思ったんでしょう。では高校生はどうかというと、スキップです。最初から解答しない。なぜかというと、未体験の問題に出くわしたら迷わずスキップせよと教えられているから。


竹内 それは受験技術ということですね?


益川 そう。この国の教育は入試でいい点を取るためのものだから、一生懸命、考えない子をつくっちゃった。さっきの問題なんて、考えたら答えが出るものなんですよ。受験の機会が増えるほど、自分の頭で考えず、覚えた知識を引き出すだけの人間になっていく。僕はこれを「教育汚染」と呼んでいる。


竹内 日本の子供は世界の中でも、白紙答案を出す率が高い。OECD(経済協力開発機構)のPISA(国際学習到達度調査)でも指摘されています。


益川 さきほど言ったように、未体験の問題はスキップなんでしょうね。自分の頭で考えようとしない。ちゃんと考えてみれば、そんなに難しい問題は出ていないはずなんだ。


竹内 受験の弊害は深刻ですね。


益川 もっとシンプルなシステムにして、生徒にも先生にも余裕を与えたらいい。そうすればもっと面白いことができるはずなんです。
 1970年代の中ごろ、日本の数学者や高校教師がソ連の学校の視察に行った。高校に相当する学校です。
 正規の授業の内容は日本とそう違わない。しかし、課外活動の数学クラブでは実に面白いことをやっていた。
 たとえば定幅(ていふく)曲線というものがあって、円がそれに当てはまるけれども、幅が常に一定である定幅曲線について先生が面白い問題を出し、生徒に考えさせていた。


竹内 幅が一定......ロータリーエンジンに使われているルーローの三角形みたいな図形ですね? 正規の授業では無理でも、数学クラブであれば、そういう高度な内容も扱える。


益川 数学好きの生徒にはたまらないだろうと思いました。
 こうした課外活動をやるなら、場合によっては、定年で大学を辞めた人を講師に迎えてもいい。小遣い銭程度の報酬でも、喜んで来てくれると思う。
 学問というものを味わってきた人が、その面白さをダイレクトに伝えてくれるわけだから、受け入れる生徒も先生も大いに刺激を受けるはずです。

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