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《追悼 益川敏英さん》【前編】若者が科学に夢を持てる国に

益川敏英/聞き手・竹内 薫(科学作家)

物理をやっても割に合わない?

竹内 最近、高校で物理の履修率が30パーセントを下回ってしまっています。僕が高校のときは、履修率が80パーセントを超えていたのですが。
 東大の物理学科でさえ、進学希望者が減って、今や定員割れ寸前だと聞いています。僕たちのころは物理に行きたい人がたくさんいたのに、なぜこんなに物理の人気がなくなってしまったのかとショックを受けています。


益川 それはやっぱり受験と関係しているんでしょうね。大学受験のとき、物理で受けるより別の科目で受けたほうが有利だと思うんでしょう。


竹内 勉強時間に比例して成績が上がる、化学と生物の組み合わせが有利、みたいなイメージですね。


益川 だから、社会の中で物理が必要だという観点に立つならば、それなりの態勢をとる必要があると僕は思う。


竹内 物理学は科学の中でも、とりわけ基礎的な学問で、化学や生物の「土台」でもありますし、100年後のものづくりに直結するものだと思うんですね。それが空洞化していることに危機感を覚えます。


益川 アメリカでは30年も前に似たような傾向が見られています。優秀な人たちはみんな金融関係に進んでしまった。物理学をやってもペイしないと思うんでしょうね。学生さんはペイするところだったら行くわけです。医者が儲かるらしいと思えば医学部に大勢押しかける。
 それは教育問題というよりは社会問題なんだから、そこにメスを入れなきゃいけない。入試の制度をちょこちょこっといじって、こちらが入りやすいですよと言ったところで駄目なんです。
 こっちを勉強したほうが社会に出たあとの生活が楽だと思ってるから、特定の学部や学科に人が集まってくる傾向は簡単に変わらない。


竹内 どうすれば国の産業の根幹につながる物理を盛り返すことができますか?


益川 特効薬はないと思いますけど、物理をやれば面白いというだけじゃなくて、生活もそれなりに保証されている道なんだよと思われれば、人が集まってきますよ。
 高校で物理を取る生徒が20パーセント台になったという話なんだけれども、物理は辛気くさいとか言われると、客観的にはそうじゃない。
 僕は生物より物理のほうがよほどシンプルでいいと思った。数学がある程度わかって、基本的な考え方さえ覚えたら、問題を解くことができたから。
 だから、難しくて辛気くさいというのは第一要因ではない。いくら難しくたって医学部を受ける人はいっぱいいる。
 物理学科に行くことは社会的なメリットを得られる道なんだとわかったら、人は来るんだと僕は思う。

〔2010年5月26日、京都産業大学にて収録〕

【後編】に続く

(『中央公論』2010年8月号より)

益川敏英/聞き手・竹内 薫(科学作家)
◆益川敏英〔ますかわとしひで〕
1940年、愛知県名古屋市生まれ。名古屋大学理学部卒業後、同大学大学院理学研究科に進み、理学博士を取得。東京大学原子核研究所助教授、京都大学基礎物理学研究所教授、京都産業大学理学部教授、名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長・特別教授などを歴任。京都大学名誉教授、京都産業大学名誉教授。若手研究者育成を目的に京都産業大学が設立した「益川塾」の塾頭を務めた。2021年7月23日死去。

◆竹内 薫〔科学作家〕
たけうちかおる 1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部および理学部を卒業後、カナダのマギル大学大学院に進み、理学博士(Ph.D.)を取得。科学全般にわたる多彩な著述活動を展開し、テレビやラジオでも活躍中。日本語、英語、プログラミング言語を中核に据えたフリースクール「YESインターナショナルスクール」(横浜校、東京校)を開校し、校長を務める。
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