渡辺佑基 サルの民主主義――人間に似る野生動物の社会行動

渡辺佑基(国立極地研究所准教授)
アヌビスヒヒの家族 写真提供:photo AC
 集団で暮らすのはヒトだけでなく、ヒヒ、ハト、魚などの野生動物も同じである。グループ内の意志決定はどのようになされるのか。渡辺佑基・国立極地研究所准教授が論じます。
(『中央公論』2022年11月号より抜粋)

 学校や職場へ行くと、気の合う友人や同僚もいるが、できれば顔を合わせたくない人もいる。家に帰ったら帰ったで、兄弟と楽しい時間を過ごすこともあれば、言い争いをしたり、親に小言を言われたりもする。よく知らない隣人と近所ですれ違えば、ぎこちない会釈を互いに交わす。人間の日々の生活は、気楽さと煩わしさの入り交じった他者との関わりの中にある。

 考えてみれば、野生動物も同じである。多くのサルやライオン、海で生活するシャチなどは、血縁関係のある集団で生活している。危険をいち早く察知できたり、食べ物を分け合えたりする利点はあるだろうが、煩わしいことも多いはずだ。たとえば集団で意見が割れたとき、どのように解決するのか。

 渡り鳥の多くは集団で空を飛ぶし、魚も水中で大きな群れを形成する。これらの集団は見事に統率されているように見えるが、カリスマ性に優れたリーダーがいるのだろうか。それとも立場の等しい多数のメンバーが寄り集まっただけなのか。

 それに群れには小さな子供たちもいるはずだ。未熟な子供の自立を助けることは、人間社会では大人の大切な責務の一つだが、野生動物の場合はどうなのだろう。

 こうした疑問に答えることは、つい最近までできなかった。野生動物の社会行動を調べるためには、多くの個体を同時に、休みなく観察し続けなければならない。それができるのは、サル山のサルなどの特殊なケースに限られていた。

 ところが最近、広大なサバンナを集団で歩き回るヒヒや、編隊を組んで空を飛ぶ渡り鳥の個々のメンバーの動きを同時に計測することが可能になった。動物にGPSなどの小型の記録計を取り付ける「バイオロギング」技術のおかげだ。人の目の代わりに、小さな電子機器と上空に浮かぶ人工衛星が動物を観察してくれるようになった。

 その結果、集団で暮らす野生動物がどのように他者に助けられ、煩わされ、妥協しながら日々の生活を送っているのか、真実の姿が見えてきた。サルもコウモリも鳥も魚も、社会行動の本質は人間と似ていることがわかってきた。

 本稿では、最近のバイオロギング研究で明らかになった野生動物の社会行動を見ていこう。

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