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渡辺佑基 サルの民主主義――人間に似る野生動物の社会行動

渡辺佑基(国立極地研究所准教授)

ハトの群れにリーダーはいるか

 では次に、ヒヒほど高い認知能力を持たない鳥の群れを見てみたい。

 ガンやツルやトキ類などの大型の渡り鳥は、編隊を組んで上空を飛ぶ。先頭を行く鳥の左右斜め後方に、他のメンバーたちが一列に連なることが多く、全体としてV字を形成する。いかにも先頭を行くカリスマ的リーダーが群れを統率していそうだが、実際のところはどうなのか。そしてそもそもなぜV字なのか。

 十数羽で編隊を組んで飛ぶトキ類の一種のメンバーそれぞれにGPSなどの記録計を取り付け、分析した研究がある。

 データによれば、トキの群れは多少の乱れはあるものの、全体としてV字を維持していた。先頭を飛ぶトキの右翼の後ろに、2番目を飛ぶトキの左翼が来て、そのトキの右翼の後ろに、3番目を飛ぶトキの左翼が来る。そのような構造になっていた。

 記録計には加速度センサーが入っており、鳥の羽ばたきのタイミングがわかる。先頭のトキが翼を打ち下ろすと、一瞬遅れて2番目のトキが打ち下ろし、さらに一瞬遅れて3番目のトキが打ち下ろす。そんなふうに羽ばたきのフェイズが一定の時間差で揃っていた。

 この結果は、前を飛ぶ鳥の羽ばたきが生み出した空気の渦を、後ろを飛ぶ鳥が利用していることを示す。羽ばたきのリズムに合わせて、鳥の翼の先端に空気の渦が生まれ、切り離されて後方に流れていく。後ろを飛ぶ鳥は、その渦の通り道に自分の翼を配置し、空気が上昇するタイミングに合わせて翼を上げることにより、羽ばたきの労力を減らしている。

 そう、大型の渡り鳥のV字編隊飛行は、一列になって進む自転車ロードレースやアイススケートのチーム競技とよく似た、エネルギー節約戦略である。

 ということは、先頭を切って飛ぶ鳥は、己の体力を犠牲にして群れを引っ張る崇高なリーダーなのか。

 そうではなかった。群れの中の個々のトキの位置を分析したところ、それは常に入れ替わっており、リーダーと呼べる存在はいなかった。

 体の大きなトキにとって、飛行は重労働だ。誰しも楽をしたい。けれども誰か一羽は先頭に立たねばならない。仕方がない、しばらく楽をしたから、たまには前に出るか・・・・・・。こうした個々のメンバーの思惑と、空気の渦が後方に流れるという物理現象により、一見すると強いリーダーシップの下で統率されているような見事なV字編隊飛行が成立している。

 では、集団でまとまって飛ぶものの、編隊を組まないハトはどうだろう。

 ハトやいろいろな小鳥が群れを成す主な動機は、エネルギーを節約することではなく、天敵に襲われるリスクを減らすことである。このような群れにリーダーはいるのだろうか。

 遠く離れた飼育小屋に飛んで戻るよう訓練したハトの群れを使った実験がある。メンバーそれぞれにGPSの記録計を取り付け、コンマ何秒間隔の位置の変化を計測した。

 データによると、特定のハトが常に先頭を切っていることはなく、一見するとリーダーはいなかった。

 ところが、詳細に分析すると結果は違った。一羽のハトが飛行中に方向を変えたとき、他のハトたちが同調する場合と、同調が得られずに孤立しそうになって元に戻る場合があった。先に見たヒヒのケースと似ている。

 こうしたパターンを多数分析すると、群れの中で比較的強い影響力を持つハトと、そうでないハトがいることがわかった。傑出したリーダーはいないが、メンバーの間になだらかな影響力の強弱があった。

 さらに興味深いことに、影響力の強いハトは、単独で飼育小屋に向かわせたときに、無駄のないルートで目的地にたどり着く「賢い」ハトだった。

 ハトの群れにカリスマ的リーダーがいて、行動を統率しているわけではない。そうではなく、経験豊かなハトが比較的リーダー的に振る舞い、経験の浅いハトが比較的フォロワー的に振る舞うことによって、群れの行動が最適化され、目的地まで迷わずに飛ぶことができる。

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