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中公文庫と中公文庫をつなぐ3冊 堀部篤史

私の好きな中公文庫
堀部 篤史(ほりべ あつし/「誠光社」店主)
左から、『富士日記を読む』、『実歴阿房列車先生』、『檀流クッキング入門日記』
堀部篤史が選ぶ「私の好きな中公文庫」
 中央公論新社編『富士日記を読む』
 平山三郎『実歴阿房列車先生』
 檀晴子『檀流クッキング入門日記』

武田百合子の『富士日記』に、檀一雄の『檀流クッキング』、内田百閒による随筆集の数々など、2015年の開業以来、当店の棚に欠かせない中公文庫は数あれど、今回ご紹介するのはそれらを「補足する」3冊です。

①中央公論新社編『富士日記を読む』

武田百合子と同時代を生きた作家たちから、現役の小説家、写真家や漫画家まで、幅広い執筆陣が並ぶ『富士日記を読む』には、『富士日記』の千差万別な読み方が紹介されています。食にフォーカスしたものや、SNSとの比較、著者武田百合子その人のことなど、読者はどこかに自分と近い視点を発見できるでしょう。『富士日記』という本をきっかけに、日記文学という形式そのものや、当時の食生活、武田家とゆかりのある作家たちにまで誘う道標となってくれる一冊です。

②平山三郎著『実歴阿房列車先生』

内田百閒の「阿房列車」を読んだ方にはおなじみ、旅の道連れ「ヒマラヤ山系」氏。同書を読んだ方ならば、百閒の不条理とも言える気まぐれやわがままを、ひょうひょうと受け入れる彼の人物像が気になるはず。その「ヒマラヤ山系」側から百閒との旅を綴ったのが『実歴阿房列車先生』です。「阿房列車」でのエピソードを反対側から読んだ上で、同シリーズを再読すれば、彼らのやり取りがまた違ったものに感じられるはずです。

③檀晴子著『檀流クッキング入門日記』

『檀流クッキング入門日記』も同じく、『檀流クッキング』の裏側を知ることができる一冊です。買い出しを至上の喜びとし、山海の珍味を大量に買い帰り、店で供するような量をこしらえた檀一雄。それらはどのように供されていたのか。長男の妻である著者の目を通して現場を垣間見ることができるのは、ファンにとって嬉しい限りです。

以上の3冊はそれぞれ、あるタイトルを読んだ次に手に取るための本です。読書は一冊のみで完結するものではありません。一冊の本の中から引っかかったキーワードを拾い上げ、その世界観や背景を深く知ろうとすれば、自然に次の本が手に取りたくなるはずです。現在大型書店の文庫コーナーのほとんどは、出版社、著者別に分類されています。欲しい本を検索するには便利な並べ方ではありますが、「あいうえお」や「版元」という便宜上のインデックスが、本どうしのつながりを分断してしまっていることも確かです。そんな中、検索ワードを豊富に持たない若い読者にとって、同じレーベル内に並ぶ関連書は非常に親切な読書の道標となることでしょう。

読者を増やすために必要なのは、より大きなマーケティングではなく、数少ない熱心な読者が手に取った本を補足し、その関心を横滑りさせていくような提案ではないでしょうか。ときに中公文庫のラインナップにはそんなことを考えさせられます。

堀部篤史さんプロフィール写真(軽いもの).jpg 堀部篤史さん

富士日記を読む

中央公論新社 編

堀部 篤史(ほりべ あつし/「誠光社」店主)
1977年京都市生まれ。京都・河原町丸太町路地裏の書店「誠光社」店主。立命館大学文学部卒業。学生時代より恵文社一乗寺店でアルバイトを始め、同店店長を経て2015年に独立、「誠光社」を開く。著書に『本を開いて、あの頃へ』『街を変える小さな店』『90年代のこと 僕の修業時代』ほか。
誠光社ホームページ https://www.seikosha-books.com/