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「詩の言葉の奥にあるもの」Pippo

私の好きな中公文庫
Pippo(ぴっぽ)
左から、『清冽――詩人茨木のり子の肖像』『怠惰の美徳』『日本の詩歌1』
Pippoが選ぶ「私の好きな中公文庫」
 後藤正治『清冽――詩人茨木のり子の肖像』
 梅崎春生『怠惰の美徳』(荻原魚雷編)
 『日本の詩歌』(全30巻)

「私の好きな中公文庫」ということで、徒然に好きな本を挙げてみる。

 一冊目は後藤正治氏による、詩人の評伝『清冽――詩人茨木のり子の肖像』

 

 自分の感受性くらい

 自分で守れ

 ばかものよ

   (「自分の感受性くらい」より)

 

 倚りかかるとすれば

 それは

 椅子の背もたれだけ

   (「倚りかからず」より)

 

 戦後を代表する詩人の一人である茨木のり子の有名な詩の一節だ。

 その詩から想像されるのは「自身の倫理や正義に基づき、はっきり物申す強い女性」などであろうか。読んだ印象として「泣きごとを言ったら叱られそう」「説教されてるみたい」という声を耳にしたこともある。けれども、本書で知った彼女の実像は、それとはかけはなれたものだった。

 成績がわるく「落ちこぼれ」を自認していた薬学部の学生時代のこと。戦後、日本が民主主義を謳歌する島へと転じたとき、軍国主義に洗脳されていた自身と対峙し、自分の頭で考えることの重要性を痛感したこと。敬愛する夫の逝去後に彼との日々や思慕の念を密かに詩に書きついだこと。「隣の国の言葉」である韓国語、ハングル文字を習得して、十四年めに『韓国現代詩選』を訳編したこと――。

 茨木さんの七十九年の生の足跡を辿れば、そこには、自身の弱さやおろかさ、未熟さを見据え、よい詩を書こう、よく生きよう、とひたむきに努力を重ねる一人の女性の姿が立ちあがってくる。強い詩の言葉は、自らを励まし、鼓舞するためにつむいだものだったのだ。

 茨木のり子の詩の奥にある心をのぞけたようで、忘れられない作品。

 

 二冊目は梅崎春生の随筆や短編をまとめた、文庫オリジナル作品集『怠惰の美徳』(荻原魚雷編)。肩の力が抜けていくというか、頁をめくりながら寝転がりたくなる。表題作の「怠惰の美徳」など顔がにまにまして、しばらくもとに戻らなかった。怠け者のままで真摯に生きる極意とは。

 梅崎は短編が好きで、とりわけ「突堤にて」という釣り人達のコミュニティを描いた短編を偏愛しているのだが、本書でその元となった「防波堤」を読めたことも嬉しかった。精神を放牧させる一冊。

 

 さいごに。外せないのは『日本の詩歌』(全30巻)だ。一巻の島崎藤村に始まり、明治・大正・昭和の近現代の詩人達を網羅し、その詩歌作品と詩人略歴、解説、鑑賞等を付したもので、詩を読みたい、学びたい人にはうってつけのシリーズである(別巻も一冊あり)。

 好きというよりも、私の人生に長く併走してくれた骨太な友人のように思っている。残念ながら今は絶版となっているが、感謝とともにここに記したい。

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Pippo さん

清冽――詩人茨木のり子の肖像

後藤正治 著

「倚りかからず」に生きた、詩人・茨木のり子の初の本格評伝。親族や詩の仲間など、茨木を身近に知る人物に丁寧に話を聞き、79年の生涯を静かに描く。

Pippo(ぴっぽ)
近代詩伝道師、著述業。著作に『心に太陽を くちびるに詩を』、編者を務めたインタビュー集『一篇の詩に出会った話』がある。近刊に『人間に生れてしまったけれど――新美南吉の詩を歩く』。
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