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「読んだら確実に面白い2冊」松山巖

私の好きな中公文庫
松山巖(まつやま いわお/作家・評論家)
左から『渋江抽斎』、『楢山節考/東北の神武たち 深沢七郎初期短篇集』
松山巖が選ぶ「私の好きな中公文庫」
 森鴎外『渋江抽斎』
 深沢七郎『楢山節考/東北の神武たち 深沢七郎初期短篇集』

◆幕末から維新、そして明治を生きた人間たちの姿と、それぞれの呼吸を綴った傑作
(森鴎外『渋江抽斎』)

 通常、私たちが親しむ小説は主人公が没する場面で終了する。ところが、本篇は標題である主人公、つまり渋江抽斎が亡くなるところから始まるといって良いだろう。その時点から、彼自身が、遺族がどのように生き、時代の波を乗り越えて来たのか、実に様々な逸話を調べ、検証し、多くの人々がどう語り、生きたか、生きているかを伝えていく。
 抽斎を知るのは、書物である。鴎外は自分が手に入れる本が、どうやら渋江抽斎の所蔵したものだと考え、やがて彼の事を多方面から調べるのである。
 そして、彼の死後も、彼の遺族が今を生き、活躍していることを知る。さらに彼らが時代の波を乗り越えているのかを描いてゆく。
 たとえば、明治維新によって、抽斎の遺族は、住み慣れた江戸を離れ、抽斎の主家である津軽家の領地、つまり弘前まで赴かなければならなくなる。駕籠に乗り、舟に乗り、金が尽きても向かわなければならない。この事実で、彼らが生きたことを詳細に描き、特に、抽斎の妻渋江五百(いお)の生き方、性格と妥協しない実行力を、あたかもドキュメント映画のように描き出してゆく。
 鴎外史伝の第一作である。そのせいか描く場面場面が実に瑞々しい。鴎外自身が調べ、次々に知り、納得し、さらに調べ、衝撃を受けた事実そのものを、驚きと喜びを滲ませて記述する。だからこそ読者に彼の喜びと驚きが直に伝わってくる。
 主人公は、抽斎や五百でも、時代の鼓動や政治体制の変化でもなく、時代を生きた多くの人間たちだという鴎外の想いが伝わる。それだけに二人の子、勝久、保を描く場面は、鴎外自身が自分の家族を愛おしむように筆を進めてゆく。
 さらにいえば、抽斎の友人で二人で『経籍訪古志』(日本に伝わる漢籍の古写本を、所蔵者、体裁まで記した本)をまとめた森枳園(きえん)を面白く描く。森は芝居好きで、自身も恥ずかし気もなく芝居に登場し、ために主家である阿部家を追われ、収入を失う。彼は江戸を離れるが、明治になり、抽斎や五百の没後は、保を援助し続ける、明るい脇役だ。
 また五百が晩年、英語を学び始める逸話も、希望に溢れ、実に愉しい。そして最後は、抽斎の子や孫の現況を伝えて明るく締め括る。
 全篇、小さな逸話一つ一つを疎かにせず、むしろ明るい光を当てて、作者も十二分に楽しんでいる。面白く、晴れやかな作品である。

◆あたたかい生に触れる(深沢七郎『楢山節考』)

 人間は自分の思い通りの場所と時代を生きられる訳ではない。
 深沢七郎の小説は、人間が自分の思いのままにならない場所と時間を生きざるを得ない、可笑しみと哀しみとが、共に息づいていることをすんなりと教えてくれる。
 彼は説教臭く、人生を諭す作家ではない。
 人は死んで馬に生まれ変わるかもしれない。死者が育てた花や実が美しく、豊かに生(な)るかもしれない。このように人は生き返るのかもしれないのだ。深沢の輪廻観はこのようなものではないだろうか。
 人間は独りでは生きられない。だから、このようにして生きる。彼が綴る物語の主人公たちは、この自然の輪廻に反していると思えば、自ずと体が怯(おび)え、心が揺れて、恥じるのだ。
 彼の文章を読むのは、私自身が何かに飢えているという思いがあるからだ。
 生の、冷んやりした感触のためである。古い日本人の物語ではないか、と深沢の文章を捉えるようならば、今や日本人は他人との本質的なつき合いをする欲望さえ薄めて生きている証であろう。彼は『楢山節考』の舞台となった山梨県境川村大黒坂を再訪した際、教育とは教えられた細工で生きるためにある訳ではなく、「土から生れたとでもいうべき人間の生きかたなのだ」と語っている。
 彼は「楢山教とは『死んでも戒名もいらない。花も線香もいらない』という簡単な信仰なのである」と話している。
『楢山節考』を読み終えて感じるのは、死ぬことよりも、生きることの不思議さではないだろうか。冷たく死ぬことよりも、暖かく生きる不思議さを、常日頃、実感したい、面白さを得たいと、この作品の最後の、雪が舞い散る場面を味読する度に、私は繰り返し、強く思うのである。

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松山巌 さん(写真提供・読売新聞社)

渋江抽斎

森 鴎外 著

推理小説を読む面白さ、鴎外文学の白眉。弘前津軽家の医官の伝記を調べ、その追求過程を作中に織り込んで伝記文学に新手法を開く。〈解説〉佐伯彰一

松山巖(まつやま いわお/作家・評論家)
1945年東京生まれ。作家・評論家。70年東京芸術大学美術学部建築科卒。著書に『乱歩と東京』(日本推理作家協会賞〈評論部門〉)、『うわさの遠近法』(サントリー学芸賞)、『闇のなかの石』(伊藤整文学賞)、『群衆』(読売文学賞〈評論・伝記部門〉)、『日光』『松山巖の仕事』『須賀敦子の方へ』など多数。
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