平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 講武所芸者、勝次の場合

第六回 講武所芸者、勝次の場合
平山亜佐子

男装し、夫の馴染みの遊女を探す妻

 さて、勝次が暴れた7年後にはこんな変装理由の男装者もいた。
紹介する記事は1902(明治35)年3月14日付読売新聞の「世界一の嫉妬〈やきもち〉女」。
 牛込区市ヶ谷仲の町に住む左官職人の酒井善吉(22年)の妻マサ(19年)は昨年結婚したばかり。善吉は職人らしく諸方で遊ぶが、マサは憤懣やるかたない。
 一昨日の夜も善吉が小遣いを持って出掛けようとしたところ、何が何でも行かせないと言う。困った善吉、マサに自分の外套と山高帽を着せ、新宿の花街を一軒一軒訪ねてみればいいと提案。その通りにやってみるとどうも善吉の馴染みの遊女はいないらしい。
 だったら板橋だと汽車に乗って行くつもりで新宿署の前を通りかかったところ、警察に怪しまれて誰何され、事の次第が判明した。
 記事は「焼くほど亭主持てもせず。嫉妬も好〈いい〉加減にすべき事なり」と締められているが、なんとも可愛らしい男装者もあったものである。


参考文献
「美形、男装して義妹を援〈たす〉く」1895(明治28)年4月18日付読売新聞
織田純一郎、田中昴、木村新之助、塩入太輔 編『東京明覽』(集英堂)
東京明覧 - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)
井上三郎「藝者談義あれこれ 」『北海評論』7(6)(北海道評論社)
北海評論 7(6) - 国立国会図書館デジタルコレクション (ndl.go.jp)
「世界一の嫉妬女」1902(明治35)年3月14日付読売新聞

平山亜佐子
挿話蒐集家/文筆家
1970年、兵庫県芦屋市生まれ。エディトリアルデザイナーを経て、明治大正昭和期のカルチャーや教科書に載らない女性を研究、執筆。著書に『20世紀 破天荒セレブ:ありえないほど楽しい女の人生カタログ』(国書刊行会)、『明治大正昭和 不良少女伝:莫連女と少女ギャング団』(河出書房新社、ちくま文庫)、『戦前尖端語辞典』(左右社)、『問題の女 本荘幽蘭伝』(平凡社)、『明治大正昭和 化け込み婦人記者奮闘記』(左右社)がある。なお、2011年に『純粋個人雑誌 趣味と実益』を創刊、第七號まで既刊。また、唄のユニット「2525稼業」のメンバーとしてオリジナル曲のほか、明治大正昭和の俗謡や国内外の民謡などを演奏している。
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