平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 知的階級に「同性の愛」ブーム到来

第十回 知的階級に「同性の愛」ブーム到来
平山亜佐子

映画の邦題にみる男装の流行


 フランスでは同時に「男装」がファッショナブルなものとされる文化も発生していた。
 1916年にフランス南西部のリゾート地ビアリッツでガブリエル・シャネルがジャージー素材の女性服を発表。コルセットで締め付けて女性的な曲線を強調する従来のドレスに対するアンチテーゼとして、小さいツバの帽子や短いボブスタイルのヘア、ストレートで中性的なシルエットのファッションを提案した。またシャネル本人も、男性用セーターや乗馬ズボン、漁師やフランス軍が着ていたボーダーシャツなどを着用。これが「ギャルソンヌ(少年のような女性)・ルック」として婦人参政権運動と呼応してヨーロッパに波及していく。男装が意識の高い女性の新しい文化として、雑誌や映画などを通して大正半ばからじわじわと日本にもやってくることとなる。
 映画といえば、1920(大正9)年には『男装の娘』というアメリカ映画が封切られている。
 あらすじを記しておこう。
 両親がおらず叔母に育てられている主人公のジャッキーは男の子に混じって遊ぶのが好きな活発な少女。ある日、叔母のかつての恋人で巨万の富を持つ男性が、子供がいないため後継者を探していると叔母に連絡をしてきた。後継者の条件は男子であること。残念ながらジャッキーは女子だが、使いの者が男装すればいいと入れ知恵をした。
 かくて男装したジャッキーは叔父の家に行き、信頼を得るようになる。そのうち、叔父が経営する工場に勤める青年に恋をするジャッキー。ここでは労働争議が起こっており、青年は社長である叔父と職工の間に立って調整をしていた。そんななか、ジャッキーの男装がばれてしまい叔父は怒り爆発。とはいうものの、叔父はジャッキーを許し、青年とは婚姻成立、労働争議も丸くおさまるというストーリーである。
 原題は"Jackie, The Maiden"(娘ジャッキー)で、日本語タイトルに「男装」を入れた感覚は早かったと言える。その後も、1923(大正12)年には『男装令嬢』(原題: "Up and at's Em")、1927(昭和2)年には『男装女剣客』(原題: "Senorita")などが封切られているが、いずれも原題に入っていない「男装」を邦題に盛り込むあたり、男装の流行を窺わせる。

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