平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 知的階級に「同性の愛」ブーム到来
第十回 知的階級に「同性の愛」ブーム到来
平山亜佐子
女学校卒業生の入水心中事件
「エス」を大きく社会に知らしめたのは、1911(明治44)年7月に新潟で起きた女学校卒業生2名による入水心中事件。二人はピンク色の扱帯(しごき。帯の下に巻く飾り帯)で互いの身体を括り、袂に小石を入れて投身した。新聞などでは「恐るべき同性の愛」(1911年7月31日付読売新聞)として報道された。二人は「一日顔を見ねば互に寂しさに耐えぬという」仲の良さだったが、片方に縁談が持ち上がり、父親に「度を越したる両女の交わり」を戒められたために心中に至ったと報道された。
以前から女性同士の心中事件はあったが、女工や奉公人、女中、芸妓、娼妓など下層階級に多く、互いの境遇に同情、あるいは悲観した結果と考えられていた。しかし、女学校卒業生で「博士と主事(高位の公務員)の令嬢」という知的階級に起こったことが事件を特別視させた。また、これをきっかけに「同性愛」という語が成立したともいわれる。
なお、事件の2ヶ月後には『青鞜』が創刊され、らいてうと紅吉の特別な関係が出来する舞台となる。