平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 知的階級に「同性の愛」ブーム到来

第十回 知的階級に「同性の愛」ブーム到来
平山亜佐子

大正時代の性科学ブーム


 同じ頃、日本に欧米の性科学ブームがやってきた。
 ドイツの神経科医で性心理学者のアルベルト・フライヘル・フォン・シュレンク=ノッチング、フランスの心理学者アルフレッド・ビネー、イギリスの性科学者ヘンリー・ハヴロック・エリスなどが盛んに参照されたが、もっとも話題になったのは、1913(大正2)年に出版された、ドイツの精神医学者リヒャルト・フォン・クラフト=エビングの著書"Psychopathia Sexualis"の邦訳『変態性慾心理』(黒沢良臣 訳、大日本文明協会)である。このなかで、同性愛は「顛倒的色情」という病理とされた。これは優生学に基づいた考え方で、明治以来、国家が推進してきた富国強兵に合致したために大手を振って喧伝されたのだった。
 以降、1920年代から30年代にかけて同性愛、とくに年若い女性への有識者からの意見は噴出したが、彼女たちのことを考えてというよりは、「性科学者にとっては新しい領域の専門家という地位の確保、ジャーナリストにとっては新しい現象への社会的関心の形成、フェミニストにとってはその思想の正当性の主張」(『女学校と女学生』)をするに止まったという指摘がある。

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