平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 ディートリッヒと「ギャルソンヌ」
右派からも左派からも男性からもフェミニストからも抗議が
著者のマルゲリットは男女平等や女性解放をテーマとして書いたが、右派にも左派にもそしてフェミニストたちにも敵意を向けられた。それについてアンリ・ダンフルヴィルが興味深い指摘をしている。曰く、「ヴィクトル・マルグリットの罪は、乙女の円光を吹き消し、菫を投げすて、レースをやぶった娘を、背景のなかへすえたことであった。昨日までの女の猫かぶりは時代錯誤のものとなった」(「十九世紀における女らしさの最盛時」)。つまり、女性が男性並みに自活し、性愛を楽しむ権利を描くことは、同時に女性の聖性やか弱さをも奪いとることを意味する、それを認めたくない人々は男女ともにいるという指摘である。
"La Garçonne"は保守的な文化人に本の発売を中止させると脅され、アナトール・フランスがこれに抗議するという騒動もあって3ヶ月で150版を数え「戦後(第一次大戦後の意)最大のヒット」となった。フランスの成人の10%がこの小説を読んだというから、ブームのほどがわかる。
新しい女性像として「ギャルソンヌ」は流行語となり、短髪、ストレートなシルエットのドレス、パンツスタイルなどファッションにも派生した。1926年に舞台化、1923年と1936年には映画化され、12の言語に翻訳された。
マルゲリットは詩人マラルメの甥であり、本国フランスでは著名な作家だったが、本作のせいでレジオン・ドヌール勲章を剥奪されるというおまけがついた。
日本では1930(昭和5)年4月8日に『恋愛無政府』の名で出版されたが、風俗壊乱の罪で2日後にあえなく発禁。5月10日発行の改訂版は36箇所が削除され、伏字も入った。しかしそれでも話題になり「ガルソンヌ」「ギャルソンヌ」は多くの流行語辞典に所収されることになる。
なお、日本ではその後も永井順訳で『ガルソンヌ』(創元社、1950年)や『貞操よさよなら』(蒼樹社、1956年)のタイトルで出版されている。