平山亜佐子 断髪とパンツーー男装に見る近代史 ディートリッヒと「ギャルソンヌ」
第十三回 ディートリッヒと「ギャルソンヌ」
平山亜佐子
ラ・ギャルソンヌ
小説では、ヴィクトル・マルゲリット著、大木篤夫訳『恋愛無政府』(アルス)が発売されたのがこの年、1930(昭和5)年である。
原題は"La Garçonne(ラ・ギャルソンヌ)"といい、男の子みたいな女性を意味する造語。
主人公は、ブルジョワ家庭に生まれたことを嫌っている無神論者のモニク、20歳。親の決めたリュシアンという青年と結婚の予定だったが、式の2週間前に彼の浮気を知り、復讐心から初めて出会った男性に身を委ねる。そして母親が世間体を気にして婚約者を許すよう諭すことに呆れ、婚約者と家族に別れを告げる。その後、髪を短く切り、自転車に乗り、デザイナーとして自立する。同性の恋人を持ったり同時に複数の人間と性的関係を持ったり、ときにはドラッグに溺れたりもする。そして作家の男性と真剣な交際に発展するが、彼もまた「男らしさ」に囚われていることがわかり、破局。物語の終盤に旧知の人物で、戦争で傷ついた寛大で愛情深い哲学教授ジョルジュと絆を深めていくというストーリーである。