エイプリル・フール、「戦艦大和」の吉田満に会う(三)

【連載第十七回】
平山周吉(ひらやま・しゅうきち)

斎藤にとって無条件に大事な二人の著者

 坂口安吾が「堕落論」を「新潮」に書いたのは、編集顧問の河盛が斎藤編集長に推薦したのがきっかけだった。斎藤十一は島木健作の担当者だったので、戦争中から小林のことは知っていた。島木は小林の親友であり、隣人だった。河盛から推薦を受けるまでもなかったかもしれない。小林と斎藤はお互いを「天才」と認め合った。『編集者 斎藤十一』を読むと、そうした関係がよくわかる。

斎藤の部下だった小島千加子は檀一雄や三島由紀夫の最後の原稿を受け取った編集者である。小島によると、斎藤は「早くから小林秀雄の天才を見込んで、可能な限り大きな仕事を、と気を配っていた」。やはり「新潮」で斎藤の部下で、後に小林を担当した坂本忠雄は、「新潮」の小林秀雄追悼号の目次を斎藤が巻紙に自分で書き込む姿を見ている。斎藤は「俗物」を自称し、「週刊新潮」の毒の強い目次を毎週作り続けた人物であった。坂本は「小林秀雄と斎藤十一」(「新潮臨時増刊 小林秀雄百年のヒント」に所収)では、こんな小林の言葉を記録している。「斎藤は文学も音楽もよく分っていないし、非常に頑固だが、自分で思った通りをいつも通してしまう。それが出来るのが天才というものだ」。斎藤は小林には「常に文壇最高の原稿料を払い、執筆にも何の条件もつけずに敬愛を続けた」。斎藤にとって無条件に大事な筆者は、小林秀雄と保田與重郎の二人だった。美和夫人がはっきり覚えている斎藤十一の言葉をここでは引用しておきたい。

「国を守るために仕方のない戦争もある。あの戦争をしたことは間違っていない。戦争の引き際の判断を誤っただけだ」

「保田さんは悪いことはしていない。戦争になったら国のために、となるのは当たり前だろ? 追放して書かせなくしちゃうなんて、いけないことだ」

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