小島慶子✕林 香里 人気広がるフェミニズム、変われないジャーナリズム
安倍政権「女性活躍推進」の影響
小島 一方で私が心配しているのは、めざすゴールは同じだけれど、道筋や成熟度の違いから分断が生まれることです。ジェンダー平等の実現や、多様性と包摂を大切にする社会の実現を願い、SNSなどで発言する人が増えるに伴って、ネット上では「そのやり方は違う」「あなたはまだ勉強が足りない」といった、排除と純化をめざす動きが出てきています。生真面目さゆえの視野狭窄とも言えます。
ミソジニー(女性蔑視)を剥き出しにした攻撃的なツイートをするアンチ・フェミニスト的な動きの問題と同時に、本当のフェミニズムとは何かという意見の違いから、本来連帯できる人たちが連帯できなくなっていくことを懸念しています。
林 逆に見れば、それだけ裾野が広がったということでしょう。
発言する女性へのバッシングやヘイトスピーチがひどくなってきているのは感じていますが、公式の場や互いに顔の見える場で、「私はフェミニストです」「ジェンダー平等について考えましょう」と口にできるようになりました。昔はそんなことを言ったら、「あの人とは話せない」「恐いからそっとしておこう」という感じになっちゃいましたから。
こうした広がりは、ある意味で安倍政権の女性活躍推進─政策の中味や政治思想とは別に─の一つの効果だとも言えます。ジェンダーを公的な課題として首相が宣言したことで社会的な話題になりました。安倍首相は思想的に保守的な政治家だと思われていただけに、その効果が逆説的に大きかったのではないかと思います。
小島 新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)が世界的規模で広まり、多くの女性たちが真っ先に経済的・社会的な打撃を受ける中、二〇二〇年二月に国連のグテーレス事務総長が「ジェンダー平等の実現が急務だ。私はフェミニストである」と公言したし、アメリカ大統領選挙後の勝利演説で、バイデン氏は性差別や人種差別をなくしていく、ダイバーシティを大切にするとの旨を明言しました。
著名な男性リーダーがこうした発言をした影響は大きいのではないかと思います。
〔『中央公論』2021年1月号より前半部分を抜粋〕
1972年オーストラリア生まれ。学習院大学法学部政治学科卒業後、TBSに入社しアナウンサーとして活躍。99年第36回ギャラクシーDJパーソナリティー賞受賞。2010年に退社。14年オーストラリアに教育移住。自身は日本で働きながら、夫と息子たちが暮らす豪州と行き来する生活。東京大学大学院情報学環客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所特別研究員、NPO法人キッズドアアドバイザー。著書に『解縛母の苦しみ、女の痛み』『わたしの神様』など。
◆林 香里〔はやしかおり〕
1963年愛知県生まれ。2001年東京大学大学院人文社会系研究科より博士号取得 (社会情報学)。ロイター通信東京支局記者、バンベルク大学客員研究員などを経て2009年より現職。専門はジャーナリズム、マスメディア研究。公益財団法人東京大学新聞社理事長、ドイツ日本研究所顧問、放送倫理・番組向上機構(BPO)・放送人権委員会委員等を歴任。東京大学Beyond AI研究推進機構プロジェクト・メンバー。著書に『〈オンナ・コドモ〉のジャーナリズム』『メディア不信』など。