新利権集団が中国を暴走させる

座談会
清水美和(東京新聞論説主幹)×吉崎達彦(双日総合研究所副所長)×渡部恒雄(東京財団上席研究員)

大失策・レアアース禁輸を止められない中国の深刻度

吉崎 尖閣での「漁船衝突事件」のさなか、中国によるレアアースの「対日輸出停止」という事態が発生した。ハイテク製品の製造に多く使われる物質で、特に磁性体の性能向上に不可欠であることから、ハイブリッド車、電気自動車用の高性能モーターには必須の素材。供給が止まれば戦略産業に大打撃を与えると大騒ぎになった。
 だが、実はレアアースは言われるほどレア(希少)ではない。埋蔵量で見れば、中国のシェアは世界の三割程度。アメリカ、カナダ、オーストラリアなどにも鉱山があり最近まで産出していた。レアと思われるのは、二〇〇九年に中国の供給量が世界の九七%に上ったほどの独占状態になっていることによる。レアアースの精製は大変な手間が掛かり、環境汚染対策も必要となることから、普通にやればコストは高くなる。中国は、ダンピングを繰り返し、その結果、他の生産国が次々に手を引き、独占体制を築くことになった。
 コストを下げて供給を独占するというのは賢い戦略だ。しかし、特定の対象にだけ「あなたには売りません」というのは禁じ手。商道徳に反するし、加盟国の最恵国待遇を義務づけているWTO(世界貿易機関)にも違反する。他国も不安にさせる。アメリカが本気で怒ったように、当然のことながらユーザーは「だったら他の供給ソースを探そう」と考える。事実、操業を止めていた鉱山の再開、新たな生産地の開発という動きが世界中で具体化しだした。かくして、レアアースの希少価値はどんどん薄れていく。中国は、自分で自分の首を絞めてしまったわけだ。

清水 事件に絡んで、温家宝首相は、「一九八〇、九〇年代から中国はレアアースの管理や技術が不足し一部の国々に廉価で買いたたかれてきた。封鎖はしないが管理とコントロールを強化する必要がある」と発言した。尖閣事件の対抗措置として、このカードを切ったのだが、当初、そのやり方は実に巧妙だった。『ニューヨーク・タイムズ』などで、「対日禁輸」が報じられたのは、中国でフジタの社員四人拘束が発表されたのと同じ、現地時間の九月二十三日。対日措置なのに、なぜか最初に外電が伝え、中国商務省は対日禁輸を否定した。
 結果的に、この一連の動きが日本政府を動揺させ、中国漁船の船長を急遽釈放するきっかけになったのは間違いない。ただ、釈放を勝ち取ったら、速やかに輸出を再開するのが筋だった。

渡部 実際には禁輸を解除するどころか、欧米にも拡大した。日本だけ叩けばいいはずなのに。

清水 このことに今の中国の深刻さが見て取れる。多くの人は、中国は一党独裁で、共産党首脳が右と言えば右、左と言えば左を誰もが向くと思っている。しかし、今やそんな一枚岩の国ではない。さまざまな利益集団が政治力をつけて、自らの利益の最大化に血眼になっているのだ。
 レアアースに関して言えば、生産しているのは地方政府や、それらが設立した国有企業だ。彼らには、今度の事態が千載一遇のチャンスに映ったのではないだろうか。レアアースを船長解放の切り札に使おうという中央政府の動きを利用して、生産を絞れるだけ絞る、そうすれば相場は跳ね上がる、儲けは増えると。そんな地方や企業のやり方を、もはや中央がコントロールできない。いまだに生産制限が続いているのはそのためだと推測している。

吉崎 中国政府が戦略的に「禁輸」措置を講じているわけではないということか。

清水 そう。現場が欲を張った結果、吉崎さんが言った通り、逆にレアアース供給の独占的地位を脅かされるという、国家的損失を招きかねない。

吉崎 ポール・クルーグマンが、中国を「ならず者」とこき下ろしたが、この件に対して、アメリカ政府も非常に敏感に反応した。やはり、安全保障上の問題になってくるからだろう。

渡部 レアアースは、誘導ミサイルの制御用部品にも不可欠な素材。アメリカは、かつて、軍のベレー帽を中国製に切り替えた時でさえ物議をかもした国だ。今回は、問題のレベルが違う。

清水 尖閣問題では中国批判にあまり乗り気でなかったアメリカが、レアアースでは目の色が変わった。

渡部 尖閣問題に関しても、『ニューヨーク・タイムズ』の報道の前後で、態度ががらりと変わった。当初は、船長の逮捕に関して日本側に疑いの目を向ける報道さえあり、少なくとも中立的なスタンスが多かった。ところが、レアアース禁輸報道以降は、『ワシントン・ポスト』が、「今こそ同盟国である日韓との絆を深めるべき」などという社説を書いたり、こちらが驚くほど「日本贔屓」に豹変した。このアメリカの変化の意味は、日本政府もよく分析しておくべきだと思う。

清水 日本にとっては、大変ありがたい変化だった。

渡部 逆に言えば、中国がもし船長釈放後にレアアース供給をうまくコントロールしていたら、日本だけを孤立させることができたかもしれない。

吉崎 他国同士の領土問題に口出しして、得になることはない。アメリカは、できれば「尖閣は日米安保の対象」などと言いたくなかったはずだ。ところが、国務長官も統合参謀本部議長も、そう言わされてしまった。付け加えれば、日本との間に竹島問題を抱える韓国でさえ、今回に関しては日本寄りになっている。いかに中国が大きな外交上のミスを犯したかを、これらの事実が示していると思う。

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