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新利権集団が中国を暴走させる

座談会
清水美和(東京新聞論説主幹)×吉崎達彦(双日総合研究所副所長)×渡部恒雄(東京財団上席研究員)

トウ小平路線は消え失せ 軍部の強硬発言が時代の寵児に

吉崎 尖閣事件では、日本外交は歴史的な過ちを犯し、中国もまた取り返しのつかないミスをしたことになる。

清水 中国にとってこの二年ほどは、やってはいけないことを繰り返し、世界中に敵を増やし続ける日々だった。さまざまな利益集団が、なりふりかまわず国外での権益確保に乗り出し、それを党や軍の対外強硬派がサポートするという構図だが、背景にある一般民衆を含めた大国主義の台頭を見過ごすわけにはいかない。
 高度経済成長を続ける中国では、今、われわれが想像する以上に、「世界の一流国として認められたい」という衝動が高まっている。中国は、もともとアジアで圧倒的な力を持つ国だった。それが、一八四〇年代のアヘン戦争以来、百数十年間、辱めを受けてきた。「大国の地位を取り戻したい」と中国人が思うのは、ある意味自然な感情と言うこともできる。
 大衆的背景があるから、ナショナリズムに火がつくと、それがどんどんエスカレートしていくわけだ。そんな社会の雰囲気から胡錦濤外交、中でも対日政策は「弱腰過ぎる」と映る。

渡部 そうなると軍の動きが、非常に気になる。

清水 軍事力の巨大化に比例して軍の発言力も増大し、政策を左右するまでになっている。
 今年三月、韓国の哨戒艦が沈没した事件を受けて、米韓が朝鮮半島西側の黄海上で、合同演習を行うことに合意した。これに対し中国国内でいち早く反応したのが軍で、たとえば馬暁天副参謀長は七月一日、「中国に近い海域の演習には反対する」と明言した。中国外交部は、まだ何も言っていない段階だった。外交部は一週間後に、この立場を追認した。メディアは勇ましい発言を好意的に伝え、世論がそれに圧倒的な支持を与える。それが、今の中国の雰囲気だ。軍人のメディア登場に反対した党幹部は呉建民(前外交学院院長)だけで、彼は今、売国奴扱いをされている。

渡部 アメリカ国防総省の中国の軍事力に関する年次報告書や専門家は、このような中国の姿勢を「アグレッシブ」ではなく、「アサーティブ」と表現している。アグレッシブとは実力行使を含む意味合いがあるが、「アサーティブ」というのは、「行動より口先による攻撃・主張」というニュアンスだ。今回の問題が起こる前だが、あるアメリカの中国専門家は、「米中関係は、メディアで伝えられるほどは悪くないのだが、人民解放軍の反米的な発言が一人歩きしている」と語っている。

吉崎 軍部が発言力を増し、ナショナリズムに酔った世論がそれを支持するというのは、大変好ましくないパターンだ。

清水 中国は?小平の改革開放路線以降、ドイツ、日本などの過去の新興国が台頭し既成の国際秩序と衝突した結果、破滅した轍を踏むまいと実に慎重な外交政策を採ってきた。胡錦濤政権も「平和的発展」を強調してきた。国力を強めても脅威にならないよう平和外交を構築するというものだったが、高まる大国主義には抗しきれなくなった。湧き上がる国内のショービニズムが対外政策も変質させ、標榜してきた?小平路線からの転換を余儀なくされた。それがこの二年間だ。
 大国主義が高まる背景には、実は格差の拡大もある。今、中国では、"チャイニーズ・ドリーム"は望むべくもない。一般の中国人がどんなに努力しても成功の道は遠く、いい思いができるのは、党幹部や国有企業経営者など政治利権と結びついた人々ばかり。代わりに強調されているのが、"チャイナズ・ドリーム"。つまり、国ぐるみで大国、一流国になるという"夢"である。現状に不満を持つ人々のエネルギーが、そちらに転化されている。

渡部 ただ、先ほど清水さんは、「核心的利益」の見直しの可能性も指摘した。大国主義の高揚の一方で、対外強硬政策の抑制の力も働いているということなのか?

清水 十月初めに、ブリュッセルで菅総理と温家宝首相の「廊下会談」が実現したり、早期の日中首脳会談が模索されたりと、中国政府も対日関係の正常化に向けた方針を打ち出した。それに反発する党、軍内勢力、学生らが反日デモを仕掛けている。日本では「尖閣事件が収束に向かっている時期に、なぜデモが」と訝る向きもあるが、それは関係修復を図ろうとする胡錦涛政権の「弱腰」に対する国内の抗議なのだ。そこも見誤るべきではない。

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