新利権集団が中国を暴走させる

座談会
清水美和(東京新聞論説主幹)×吉崎達彦(双日総合研究所副所長)×渡部恒雄(東京財団上席研究員)

海洋権益で引けない中国と尖閣で歴史的失敗をした日本

吉崎 今回の尖閣事件以前に、中国は南シナ海で周辺諸国やアメリカと軋轢を生んでいる。「南シナ海は中国の・コア・インタレスト・(核心的利益)だ」という主張が緊張を引き起こしたのだが、実はこの発言を、いつ誰に向かってしたのかには、諸説ある。今年三月にスタインバーグ国務副長官らが訪中した際に、載秉国国務委員が言ったという説もあれば、クリントン国務長官に直接話したのだという人もいる。

清水 外電の報道では、三月ということになっている。その報道を中国側は否定せず、それ以降「南シナ海は核心的利益」という文言が、頻繁に中国メディアに登場するようになった。
 中国にとって、領土保全を図る上で死活的に重要な地域に使われる「核心的利益」の対象は、かつては台湾だけだった。その後、二〇〇九年十二月に習近平国家副主席が訪日した際、チベットとウイグルもそれに含まれると初めて表明し、今回さらに南シナ海が加わったわけだ。
 ただ、おもしろいことに、ここ数ヵ月、メディアの論調に若干変化がみられる。「党指導者は、南シナ海が核心的利益だとは、一度も明言していない」といった指摘が、散見されるようになった。七月に、ハノイのASEAN地域フォーラムでクリントン国務長官が行った、「アメリカは、南シナ海での航海の自由について国益を有している」という発言が効いたのか。いずれにせよ、今後修正される可能性があるとみている。
 近年の中国の積極的な「海洋進出」が、経済成長に伴って増大するエネルギー需要を満たすための権益確保を企図したものであることは、疑う余地がない。ただし、ここでも国が一枚岩で動いているのではないということを、正確にみておく必要がある。資源が不足する強迫観念から海外などの権益獲得に乗り出しているのは、政府というよりは、三大国有石油会社をはじめとするエネルギー分野での利益集団である。彼らのやることを、政府が追認するというパターンだ。これらの利益集団は党や軍に利益代表を送り込んでいるから、影響力は大きい。

吉崎 逆に政府をコントロールしているわけか。

清水 〇八年六月に、当時の福田康夫首相と胡錦濤国家主席が、東シナ海のガス田共同開発で合意した時、彼らは猛然と反発した。ガス田「春暁(日本名・白樺)」を開発している中国海洋石油は、日本の出資など受けたくない立場で、今もロビイングを強化している。
 中国の強引な海洋権益獲得は、さまざまな問題を引き起こし、国際的な非難にさらされる結果にもなった。最大のミスは、〇九年三月、南シナ海で米海軍の調査船を中国軍艦艇が包囲して、活動を妨害した事件。中国の強引さが米国など世界に印象づけられた。オバマ政権は、対中関与政策を背景に矛を収めたが、対応によっては危機になっていたかもしれない。

渡部 ただ、オバマ政権は、そこで厳しい態度を取らなかったことで、今後の中国の振る舞い如何では、共和党などから中国を肝心のところで増長させてしまった「宥和外交」と批判される立場になってしまった。

吉崎 アメリカ大統領というのは、大統領選期間中や就任二年後ぐらいまでは「反中国」を叫びつつ、実はその間にベタベタの蜜月関係を築くというのがこれまでの通り相場だった。ところが、オバマは、逆に就任一年までは親中国で、二年目からは、やや警戒を強めるという、従来とは違った経緯をたどっている。

清水 あの時のオバマ政権の対応は、問題だったと思う。結果的に中国側が増長し、一年後の「南シナ海は核心的利益」発言につながったのではないかと考えている。

吉崎 尖閣諸島問題では中国は一九六〇年代には日本の領土であることを容認している。ところが七一年に海底資源が発見されるや急に領有権を言い始めた、という議論がされている。われわれからみて至極まっとうなこうした主張も、中国人には「だから何?」という感覚なのだ。「あの時こうだったろう」という議論は、彼らには通じない。

清水 ただ、領有権を主張した後も、中国は尖閣に対する日本の実効支配を黙認してきた。七八年に来日した?小平が、「次の世代が解決するだろう」と、主権論議の棚上げを提案して、その後、それを守ってきた。日本側も、たとえば〇四年三月に七人の中国活動家が尖閣に上陸した際、日本政府は拘留せずに二日で強制送還し、中国の面子を潰すようなことはしなかった。善し悪しは別に、そういう阿吽の呼吸のようなもので、あの地域のバランスを保ってきたという歴史がある。
 そうしたことを踏まえれば、船長を逮捕し勾留延長までして調べようとしたのは、暗黙のルールを破って日本の実効支配を強化しようとしたと中国側に映っても不思議はない。そうやって売られた喧嘩を買わなかったら、反日感情が高まっている中国で胡錦濤政権はもたないだろう。

吉崎 おそらく日本では、口伝で受け継がれてきたルール、ノウハウが、政権交代によって断ち切られたという側面もあるのだろう。現政権は外務官僚の言うことは聞いていそうにない。

渡部 日米間の普天間問題と同じことが、日中間でも起きたということだ。

清水 アメリカは同盟国だから、抑制的な対応だった。しかし、中国はそうはいかなかった。
 一番問題なのは、今回の一件で、一般の中国人たちに中国が日本の尖閣実効支配を黙認している事実を気づかせてしまったこと。加えて、日本は圧力をかければ引くという「成功体験」を与えてしまったこと。中国では、公式通信社の雑誌で「琉球奪還論」まで登場するようになった。戦略も固まらず腹もすわっていないのに中国にチャレンジし、凄まれたら折れるという日本外交が残した禍根は、あまりにも大きい。歴史に残る失敗だと思う。

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