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岡邊 健 ゼロ年代以降の殺人を犯罪学から読み解く

岡邊 健(京都大学大学院教授)
写真提供:photo AC
 近年の凶悪犯罪を統計データから見るとどのような特徴が浮き上がってくるのか。岡邊健・京都大学大学院教授が論じます。
(『中央公論』2022年12月号より抜粋)

「日本でこんなことが」

 安倍晋三元首相銃撃事件は、さまざまな意味で衝撃的であった。犯罪学的な観点からいえば、銃器が用いられたことが特筆すべき点である。警察庁の統計によれば、2017~21年の5年間を合わせても、国内での銃器発砲事件は70件だけで、うち7割は暴力団が関わるものだ。平均すれば、銃器発砲による死者は1年間に3人弱。日本では、銃による殺人事件は「レア中のレア」なのだ。

 事件翌日「日本でこんなことが」との大きな見出しで、『読売新聞』が市民の声を報じていたが、ここ数年世間の耳目を集めた殺人事件に対しても、このような印象を抱く人は少なくないだろう。昨年の後半、連続して電車内での刺傷事件が起きたのは記憶に新しい。年末には大阪市内のクリニックで放火殺人事件が起き、26人が犠牲になった。放火殺人事件としては、19年の「京アニ」事件も、36名もの死者を出す結果の重大性もあって、多くの人の記憶にとどまっているであろう。同年には、川崎市で小学生らが刃物で刺され、多数の死傷者を出す事件もあった。

 凶悪な事件が増えているとの感覚を持つ人は多い。しかし、実感と事実が食い違っていることも実は多い。本稿では、筆者が専門とする犯罪学の知見を紹介しつつ、ゼロ年代以降の日本の凶悪事件について考察してみたい。なお検討対象は、殺人に限定する。強盗や傷害などの犯罪は、通報率や警察対応の変化により暗数(統計にあらわれない事件数)が大きく増減するため、長期的変化も含めて検討する本稿では、殺人のみを対象にするのが妥当だからである。

 以下では、はじめに犯罪統計からいえることをいくつか提示し、続いて犯罪の背景として考えられることを整理して紹介する。そのうえで最後に、このような犯罪を少なくするために何が必要かを論じる。

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