「北新地のママが感染させた」。志村けんさんのコロナ感染を巡り、最初にツイッターに<偽>情報を流した者の正体を追う

情報パンデミック――あなたを惑わすものの正体
読売新聞大阪本社社会部

偽情報の発信源は

では、志村さんの感染を巡り、最初にツイッターに偽情報を流したのはいったい誰なのか。目的は何だったのか。事情を知っているという主婦が私たちの取材に応じ、知人の女性実業家が関与した可能性があると証言した。

この実業家は、自身がプロデュースする化粧品や美容飲料のネット販売を手がけている。SNSで数万人のフォロワーがおり、肌の美白やダイエットに効果があると商品を宣伝していた。テレビのバラエティー番組に出演し、「年商は40億円」と紹介されたこともある。主婦は、テレビで実業家を見て商品を購入するようになったファンの一人で、実業家との食事会にも参加していた。

主婦によると、実業家は北新地のママらと直接面識はなかったが、SNSでの発言を巡るいさかいが原因で、ママの名前を挙げて「嫌いだ」という趣旨の発言をしていたという。主婦は、実業家からママの容姿を中傷する内容をツイッターで投稿したり拡散したりするよう依頼され、応じたこともある、と明かした。

志村さんの入院のニュースが流れた後、感染の原因としてママが疑われるような情報を広めるよう実業家から依頼された、と言う。その上で「私は、コロナを利用したデマで人をおとしめるのは悪質だと思って断った」と説明した。

志村さんに関する偽情報を流したアカウントには男性の顔写真が使われていた。後に実業家は主婦にこう伝えたという。

「投稿は、私の仕事の男性スタッフに書かせたのよ」

私たちは21年3月、実業家の会社が登記された都内のバーを訪ねたが、長期間シャッターが下りたままだった。さらに自宅マンションのインターホンを押したり、メールを送ったりして取材を申し込んだが、回答はなかった。

偽情報を流した投稿はすでに削除されており、発信元が誰なのかを特定することは難しかった。

怒りをあおる情報が、まるで強い感染力を備えたウイルスのように瞬時に伝播していくSNS空間。スマホ画面の向こう側に、指先一つで人々の負の感情を操り、混乱に陥れる匿名の悪意が潜んでいる。


『情報パンデミック――あなたを惑わすものの正体』(著:読売新聞大阪本社社会部/中央公論新社)

米大統領選→コロナワクチン→ウクライナ侵攻、次々に連鎖する陰謀論。誤情報をネットで流布する匿名の発信者を追い、デマに翻弄される人々の声を聞く――。高度化する"嘘"の裏側に迫るドキュメント。『読売新聞』長期連載「虚実のはざま」、待望の書籍化。

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