岩村暢子 消えた「おふくろの味」――昭和の「おばあちゃん」は、なぜ家庭料理を伝承しなかったのか?

岩村暢子
長年にわたって家庭の食卓の定点観測を行い、その分析を通して日本の家族と社会に生じつつある変容を描き続けてきた岩村暢子さん。最新刊『ぼっちな食卓』では、食卓調査を行った家庭の10年後、20年後を追跡し、食事や育児の方針、家族間の人間関係が、その後の各家庭のあり方にどのような影響を与えたか、詳細な検証を行った。岩村さんは食と家族を考える上で、「1960年」が一つの転換点だと語る

――岩村さんが2005年に出された『〈現代家族〉の誕生』の第二章の章題は「元祖新人類の母親たち」となっていて、当時70歳前後だった世代はすでに、世間一般が考えるいわゆる「おばあちゃん像」が当てはまらないという主旨のことが書かれています。「今のおばあちゃん世代は、決して昔ながらの食事を作ってきた人たちではなかった」と。

 

当時70歳前後だった女性たちはだいたい193234年(昭和79年)ぐらいの生まれで、国民学校(小学校)に入学したころに戦争が始まり、ちょうど食べ盛りのときに戦中・戦後の食糧難を経験した人たちなんです。疎開経験のある人たちもいました。だから、子どものころの食事について聞くと、ひもじかった経験を語る人が多い。昔ながらの家庭料理をほとんど食べさせてもらえなかった人も多いんです。だから、その上の世代と違って親の料理は「粗末だった」「不味かった」「同じものばかりだった」なんて言う。自分の親が昔作ってくれた料理を「おいしかった」「継承したい」と言う人が少ないのも特徴です。

彼女たちが主婦になったころ、日本の伝統的な家庭料理よりも、自分の親が作らなかったような洋風・中華風の新しい家庭料理を率先して受け入れたのも、そのせいではなかったかと思っています。また、1960年以降、インスタント食品やレトルト食品、冷凍食品など、さまざまな簡便食品が出てきましたが、彼女たちには食べ馴染みのない(作り方もよくわからない)洋風・中華風の新しい家庭料理を出すために使い始めたわけで、彼女たち世代のそんな食体験と無関係ではないでしょう。

インスタント食品を中心とする簡便食品や簡便化調味料って、働き始めた近年の女性が時短のために使い始めたものではなく、いま90前後のこの女性たちが新しい家庭料理を作るために使い始めたものなんです。

 

――その世代は「おふくろの味」をおいしいと思えず、積極的に次世代に継承しようとしなかったのですね。『〈現代家族〉の誕生』でも書かれていましたが、アンケートを行うと自分の子どもに好き嫌いはないと答える人が多いけれども、質問の仕方を変えたり、実態に即して深く聞いたりしていくと、実は最初から嫌いなものは食卓に出していないことがわかる、という話も興味深かったです。

 

それも三段構えの綿密な調査法だからわかったことで、アンケートで子どもが好きなものと嫌いなものを挙げてもらう調査では、なかなか掴みにくくなっています。

食卓写真を見て、家族で同じラーメンを食べているのにこの子だけなぜ具が入っていないのか、と思ってインタビュー時に聞くと「いや、この子は野菜は食べないので」と言う。野菜が苦手だなんてアンケートにはなかったのに、と思う。「煮魚? 私も苦手だからウチでは出しません。普通そんなモノは子どもの好き嫌いに入らないですからね」とハナから煮魚を除外して好き嫌いを語る親もいる。当然、アンケートにその記入はありません。実態(やってること)に即して聞いたらアンケートに書かれていない嫌いなものがどんどん出てくるものです。そもそも日常の食卓で嫌いなものは食べさせようとしていないから、意識されにくいのでしょうね。

u797RRScMZCIdpj1713868375_1713868386.jpg

食事情が豊かになってきて「今日は煮魚だから煮魚を食べなさい」と言うのではなく、「苦手な子どもには冷凍のハンバーグを出すか」ということができるようになった、ということもあります。でも、実態から言えば「子どもの嫌がることはしたくない」「嫌いなものを無理強いしたくない」、だって「食卓は楽しくなくちゃ」という考え方が大きく影響しているのです。たとえ祖父母世代が同居していても、昔の祖父母と違って今の「新おばあちゃん」世代は、口うるさいことは言いません。

1  2  3