ザブングル・松尾の引退とM-1グランプリから見た芸人界の変化

西澤千央(フリーライター)
 お笑いコンビ・ザブングルの松尾が芸能界引退を発表したことを受け、人気バラエティ「アメトーーク!」では彼の特集が組まれ、話題を呼んだ。また、「M-1グランプリ」では毎年スターが輩出され、多くの若手芸人などが鎬を削っている。これらを踏まえ、ライターの西澤千央氏は、芸人界の変化を読み取る――。(『中央公論』2021年8月号より抜粋)

 いわゆる"BIG3"と呼ばれるビートたけし、明石家さんま、タモリは未だ現役で芸人界のトップに君臨している。ダウンタウン、ウッチャンナンチャンもコンビやピンで冠番組を抱えており、とんねるずの石橋貴明は新たにYouTubeに進出している。

 テレビで大きな成功をおさめた芸人たちは、約束された立ち位置で好きな仕事を選び、慎重にブランディングを重ね、唯一無二の存在であり続ける。大きな失敗でもしない限り、今後、彼らが「負けて」この世界を去るということは考えにくい。

 以前インタビューした、ものまねタレントの清水ミチコは自身の「引退」についてこう答えている。

「『引退します』って百恵ちゃんみたいに言うんじゃなくて、今は自然に消えていくものなので、たぶんそれを待つしかない」(「文春オンライン」二〇二一年一月十五日)

 かつて芸人とは、職業というより生き様そのものを示す言葉だったように思う。芸のためなら女房も泣かす、それがどうした文句があるかと開き直るのがザ・芸人とされていた。

 二〇一一年、暴力団関係者との交際が明るみに出て島田紳助が芸能界引退に追い込まれたことは、もはや以前のような「芸人だけは特別」という世界ではないこと、どんなにたくさんの番組を抱えていようと、一つの失敗が命取りになるということも意味していた。

 そう、芸人にとって「引退」はポジティブに自らが選べるものではなかった。紳助のようになんらかの責任を取って退くか、清水の言うように「(求められなくなることで)自然に消えていくのを待つ」か。もしくは体力的な限界を迎えるか─。

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