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ザブングル・松尾の引退とM-1グランプリから見た芸人界の変化

西澤千央(フリーライター)

島田紳助のビジョンを超えて

「まさか解散するなんて。来年こそはM─1決勝にいくと思ってましたから」。お笑い好きな編集者がこんな声を上げていた。人力舎所属、結成一五年目の漫才コンビ・ういろうプリンの解散は、お笑いファンと多くの芸人仲間に衝撃を与えた。去年M─1決勝に進んだ漫才コンビ・ウエストランドの井口が「(ういろうプリンは)めちゃくちゃ漫才面白いしうまいし、『M─1』の時期は毎回すごいなぁって話題になったりしてるんです」「毎年(決勝に)行くんじゃないか行くんじゃないかって言われてきましたけど」と自身のラジオで話していた。誰もが才能を高く評価していたコンビは、M─1最終年(現在、出場資格があるのは結成一五年以内のコンビ)を前に引退を決めたのだ。

「心が折れてしまった」。芸人引退を決めたボケの丸山はそうコメントを残している。清々しくも、切なく、重い一言だ。賞レースなんて気にせず、M─1に翻弄されず、芸人を続ける選択肢もあったのかもしれない。しかし一方で、実力派だからこそ見えてしまう、自分たちの限界もあるのだろう。

「出場資格を結成一五年に延長したM─1で何にもなれなかった実力派は目標がなくなってしまいますよね」。先述の編集者はポツリとそう言った。かつてはどれだけそこにしがみつくか......というところに芸人の美学があったのかもしれない。

 ウエストランドと同じく、去年決勝に進んだ漫才コンビ・錦鯉の長谷川は今年五十歳。ブレイク真っ最中である。長谷川のブレイクは、いくつになってもチャンスがあるという希望に見えるが、ネタで勝負の実力派にとっては「長谷川のようなタイプ(天然、奇想天外)にしか、年を取ってからのチャンスはない」という絶望を感じさせられるのだろう。

 かつて「芸人に踏ん切りをつけさせるために」と島田紳助が始めたM─1は、半分は島田の望んだ通りになった。しかしあと半分は、あまりにもその役割が芸人自身に重くのしかかり、「誰かを笑わせたい」というピュアな感覚を見失わせる結果にもなっているのではないかと思う。M─1で勝たなければ、芸人としての成功は難しい。そのわかりやすさ、潔さが、たくさんの若手芸人を芸人以外の道へ送り出した。それはまた彼らが芸人を「職業」として捉えていることの証左でもあるのだろう。

 

(『中央公論』2021年8月号より抜粋)

西澤千央(フリーライター)
〔にしざわちひろ〕
1976年神奈川県生まれ。『クイック・ジャパン』『GINZA』「文春オンライン」など多くの媒体で執筆。お笑い芸人へのインタビューも多い。
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