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鈴木涼美×山本貴光×吉川浩満 読書のコスパを考える

鈴木涼美(作家)×山本貴光(東京工業大学教授)×吉川浩満(文筆家・編集者)
山本貴光氏(左)×鈴木涼美氏(中央)×吉川浩満氏(右)
 新刊『娼婦の本棚』を踏まえ、著者の鈴木涼美さんが、山本貴光さん、吉川浩満さんと読書体験を語り合います。意外な体験などから見えてくるものとは。
(『中央公論』2022年7月号より抜粋)

渋谷のブックファーストは貴重な場

――鈴木涼美さんの新刊『娼婦の本棚』は、「若いオンナノコ」に向け「二〇歳になるくらいまでに本棚に加えておいて欲しい本」20冊を取り上げた読書エッセイです。本日はYouTubeなどで数々の人文書を紹介されてきた「哲学の劇場」の山本貴光さん、吉川浩満さんをお招きし、本書の感想や皆さんの読書遍歴などをお話しいただければと思っております。

山本 『娼婦の本棚』では小説、批評、漫画とバラエティ豊かな本を選んでいらっしゃいましたが、選書の基準はどのようなものでしたか。

鈴木 選んだのは、17~19歳くらいの時に手に取っていた本や、過去に読んでいてその歳の頃に思い出した本です。当時は読書や勉強以外のことに忙しくて、もっとも本を読んでいなかった時期でしたから、そもそも選択肢が少ないんですよね。

山本 鈴木さんご自身は、これらの本にはどんなふうに出会いましたか。ご著書には、ご両親のエピソードも出てきましたね。

鈴木 両親が研究に携わる仕事をしていたので、家に本はたくさんありました。ただ幼い頃は、書庫は生活の背景にすぎず、あまり興味を持ってはいませんでした。『娼婦の本棚』のカバー写真は、実家の階段の本棚の前で撮ったものです。

娼婦の本棚_カバー表1.jpg

吉川 ご実家ですか!

山本 でも、その本棚に必ずしもピンと来ていなかった。

鈴木 児童文学の研究者だった母は、「勉強しないでいいから本を読みなさい」と、やや強引に名作とされる絵本や児童文学を薦めてきました。でも、当時は母の好きな壮大なファンタジーをあまり面白いと思えなかったのです。「ナルニア国ものがたり」シリーズなど世界中のファンタジーを読まされたせいで、むしろ苦手意識を持っていました。ファンタジーって人生の参考になんないじゃん! と。SFなどを好きになったのはずっと後のことです。

山本 「人生の参考」!(笑)

鈴木 だから小学生の一時期は読書から遠ざかっていたのですが、中学校に上がった頃、父が本棚の奥から、私が興味を持ちそうな本を何冊か出してきてくれました。マルクスやフロイトなどの名前が並ぶ書庫や書斎は、難しい学術書や文学全集ばかりと思っていたので、自分に引きつけて考えたことはありませんでした。でも実は、小難しい本や洋書の目立つ本棚の後ろの見えないところに、村上龍の『コインロッカー・ベイビーズ』などその後好きになる作家の本がたくさんあったのです。これなら面白いと思った記憶があります。

山本 面白い。むしろ見えないところにある本の方に惹かれたのですね。

鈴木 高校時代の本との出会いで思い出深いのは、今はなくなった渋谷のブックファーストです。パラパラのイベントの前などに、よくブックファーストのトイレで制服から私服に着替えていたんです。109で時間を潰しているとつい色々買ってしまうけど、本ならそんなにお金はかからない。できたばかりでしたから、トイレも綺麗でした。

山本 私もよく通いました。渋谷のブックファーストは、ほとんどビル丸ごと本屋でしたよね。

吉川 懐かしいね。山本くんと書いた最初の本は、あそこで買った本を読んで向かいにあったセガフレード(カフェ)で書いたといってもいい。

鈴木 街と接続している本屋でした。1階は雑誌コーナーで、派手な服装の女子高生も入りやすい。小綺麗な文学少女じゃなくてもOKというか。当時は汚いギャルだったので(笑)、図書館や神保町の本屋ではちょっと居心地が悪かったと思います。

 女子高生の私が最初のうちに頻繁に読んでいたのは雑誌と漫画です。雑誌は1階、漫画は5階でしたから、両方見るには全階を回ることになる。で、上り下りするうちに、エスカレーターから見える他の階の書棚もだんだん気になってくる。本書で紹介した鈴木いづみの本にもブックファーストで出会いました。もしかしてギャルに本を読ませる仕組みができていたのか......。

山本 とてもいい話ですね。ブックファーストはギャルにも本を読んでほしいと意図していたのかな。

吉川 僥倖に感謝ですね。

鈴木 だから渋谷のブックファーストがなくなったのは、日本にとって大きな喪失だったと思っています。渋谷区がお金を出してでも続けてほしかったくらい。

吉川 いやぁ、惜しまれます。

山本 今から振り返ってみると、渋谷のブックファーストが鈴木さんを作るうえで、不可欠な要素だったわけですね。

鈴木 そもそも当時の女子高生は割と本屋に行っていたんです。『egg』や『CUTiE』などのファッション誌が何十万部も売れる時代でしたから。『ガロ』を買いに行くサブカル女子もいたし、飯島愛の本は大流行したし、ネイルカタログを見に行くことも。今よりも不真面目な人が本屋にいっぱいいたと思います。ちなみに、お二人とも私と同じSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)出身ですね。通っていた当時、湘南台の駅に本屋はありましたか?

吉川 あるにはあったけど......。

山本 レンタルビデオ屋の片隅にちょっと本が置いてあった程度だったかな。

鈴木 私が通っていた頃には駅前に大きい本屋があったのに、4年生の時にパチンコ屋に変わっちゃったんです。私はもう卒業間近でしたが、可愛い妹のような後輩たちがパチンコにしかアクセスできない街になっちゃったなって思いました。

吉川 我々はSFCの1期生なんですけど、当時は生協の書店が充実していました。書籍を扱う担当者が、学生運動を昔頑張っていたタイプの超本好きのお兄さんで。

山本 そうそう。

吉川 すごく良かったな。浅田彰の『構造と力』や蓮實重彥の『批評あるいは仮死の祭典』、柄谷行人の『探究Ⅰ・Ⅱ』とも生協で出会いました。

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