鈴木涼美×山本貴光×吉川浩満 読書のコスパを考える

鈴木涼美(作家)×山本貴光(東京工業大学教授)×吉川浩満(文筆家・編集者)

見栄を張るための本

山本 ちなみに鈴木さんは、ネットの文章や、電子書籍などとはどう付き合っていますか。

鈴木 私はけっこう、ブツとしての存在が大事なんですよ。かつての私のようなギャルが遠藤周作の本を小脇に抱えていたらシュールで面白いでしょうし(笑)。電子書籍では外から見ると何を読んでいるのかわからないのが残念。あと、本棚には買った順に並べたりするので、この時は文庫ばっかり読んでいたな、ガチャガチャしているものが好きだったな、新書をいきなり読み出したなと、触れてわかるのも面白くて。

吉川 考古学みたいですね。

鈴木 そうそう。地層になっています。電子書籍だったら買わなかっただろう本もあります。「鈴木いづみコレクション」は、表紙がヌードっぽいアラーキーの写真だったから書店で手に取りました。背表紙がピンクなのも揃えたくなったなぁ。電子書籍でタイトルだけ見ていたら買っていなかったかもしれません。

山本 当たり前ですが、電子だと全集を買っても、並べる楽しさはまったくないですものね。

鈴木 あと、AV女優をしていた頃は、現場によく社会学や現代思想の本を持って行きました。自意識過剰だったので、周囲からかっこいいって思われるんじゃないかなと(笑)。当時のAV監督ってピンク映画とか観ていた世代で、文学青年っぽい人も割といたから、そうして本を持っていると話しかけられたりもしました。ウエルベックを最初に教えてくれたのはAV監督の一人です。そう言えば、当時読んでいたウエルベックの本を開いてみると、折り目がたくさんついているんですよね。そういう読み方ができるのも本の魅力だなと思います。AV現場で読んだ本で特によく覚えているのはジャン・ボードリヤールの本。内容はあんまりわかってなかったですが......。

吉川 かっこいい。

山本 昔、『構造と力』が流行っていた時、読まないけど小脇に抱えて歩いていた学生もいたと聞きます。それはそれで本の楽しみ方の一つですよね。

鈴木 知的に見栄を張るための本ですよね。でも今は知的な見栄って、SNSなどでの振る舞いになっているのかな......。最近、すごく衝撃を受けたことがあって。AVに出て、私は最初のギャラでシャネルのバッグを買いました。キルティングのマトラッセが、当時は30万円くらいで、AVに1本出れば、2~3個買える。でも今はAVのギャラも下がっていて、デビュー時で普通60万円くらい。でも私の買ったのとまったく同じ大きさのバッグがどんどん値上がりしていて90万円なんですよ。今の日本って、AVに出てもシャネルが買えないんです。

 シャネルが大好きで、見ているだけで幸せって人もいるかもしれませんが、少なくとも私のような俗っぽい女にとって、シャネルは持ち歩いて見栄を張るためのものでした。シャネルを買うのは難しくても、ボードリヤールの本ならば買えるはず。お金がかからないし、シャネルを持っているよりも見栄を張れるかもしれません。すぐ読まなくても、暇になったら開けばいいわけで。今の日本は若い子がブランドものなんか買えない国になってきているので、見栄を張るためのアイテムとして、本はいいかもしれません。

 ちなみにボードリヤールの『消費社会の神話と構造』を読んで、現代社会においてシャネルのバッグを買うとはどういうことかを私は学んだ気がします。

山本 かっこいい。(笑)

鈴木 シャネルのバッグを買う意味もわかるし、本はシャネルのかわりにもなる。

吉川 ボードリヤールも報われるでしょうね。

(構成:山本ぽてと)

中央公論 2022年7月号
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鈴木涼美(作家)×山本貴光(東京工業大学教授)×吉川浩満(文筆家・編集者)
◆鈴木涼美〔すずきすずみ〕
1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部在学中にAVデビュー。その後キャバクラなどに勤務しながら東京大学大学院社会情報学修士課程を修了。日本経済新聞社記者を経てフリーの文筆業に。著書に『「AV女優」の社会学』『ニッポンのおじさん』『JJとその時代』など。

◆山本貴光〔やまもとたかみつ〕
1971年栃木県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、ゲーム会社勤務などを経て、現職。著書に『コンピュータのひみつ』『「百学連環」を読む』『マルジナリアでつかまえて』『マルジナリアでつかまえて2』など。吉川氏と人文系情報サイト「哲学の劇場」を運営。

◆吉川浩満〔よしかわひろみつ〕
1972年鳥取県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、国書刊行会、ヤフーなどを経て、現在は出版社勤務。著書に『理不尽な進化』『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』。『人文的、あまりに人文的』『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』など、山本氏との共著・共訳書多数。
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