敏腕編集者たちが語るヒット新書のつくり方――潜在需要をどう掘り起こすか

栗原一樹(講談社 学芸部 学術図書編集部)×田頭 晃(光文社 新書編集部 副編集長)×多根由希絵(SBクリエイティブ 学芸書籍編集部)
栗原一樹氏(左)、多根由希絵氏(中央)、田頭 晃氏(右)
 新書は、書店に行くと大抵は置かれており、ハンディで安価と手に取りやすい。ベストセラーも数多く生まれるが、裏で本作りを担う編集者は、どのように企画を立て、原稿を取り、装丁を含めたモノとしての本を仕立てるのか。腕利きの3人に語り合ってもらった。
(『中央公論』2023年3月号より抜粋)

ベストセラーはどうやって生まれた

──みなさんは2022年にベストセラーとなった新書を担当なさっています。反響やその受け止め方などを教えてください。


栗原 千葉雅也さんの『現代思想入門』(講談社現代新書)の編集をしました。現代新書の読者層は50~70代の男性がメインですが、この本は、千葉さんと同世代の40代の方や、学生であろう20代前後の方たちが読者に多く、既存の読者層以外にもリーチできました。要因は、千葉さんのパーソナリティと本の内容の両面が支持されてのことだと考えています。

 実際、「わかりやすい」とか「仕事に活かせる」という評価があるだろうとは想定していましたが、「励まされた」という感想には正直驚かされました。でも考えてみれば、この本には、コンプライアンスをはじめとする過剰な規制でがんじがらめになっている現在の社会の風潮に対して、そこから逸脱して生きてもよいのだというメッセージが内包されています。これに背中を押されたように感じ、励まされたと思うのも、ある意味必然のことなのかもしれません。


多根 政治を扱った新書は多くありますが、インターネットをはじめ、テクノロジー環境が大きく変化する中で、それに対応する内容がないと考え、成田悠輔先生の『22世紀の民主主義』(SB新書)を手がけました。蓋を開けてみると、成田先生がテレビに出演されていることも影響しているのかもしれませんが、若い方や女性が多く読んでくださっています。

 ただ、実はあまり売ろうとしていない感じのタイトルなんです(笑)。最初は「民主主義」をタイトルに入れると、大きく売れそうにないから避けていたのですけれど、なかなかいいものが思いつかないうちに、成田先生自身も「そんなに売れなくても」といった話をされて。それなら売れなそうな「民主主義」が入ったタイトルの本がベストセラーになれば、案外みんな民主主義に興味があることを逆に知ってもらえるのではないか、そういう現象をつくり出すのが成田先生の本の目的としてよいのではないかと考え、このタイトルになりました。思った以上に反響をいただき、本のゴールは売れることだけではなく、少しでも世の中が動くことにあるのではないかと考えていますので、うれしく思っています。


田頭 稲田豊史さんの『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)を担当しました。コンテンツを早送りすること自体は、技術の発展とともにすでに世の中にあった現象だと思うんです。その上で早送りする人たちの声を言語化して背景を探り、適切なタイトルで世に問うたところにこの本のニーズが生まれたと受け止めています。早送りする人たちの中にもうしろめたさを感じる人たちがいて、この本が出たことで潜在意識が掘り起こされた可能性もあるかもしれません。あとは、コンテンツ業界の人たちのなんとも言えない不安な気持ちに火をつけた要素もあったのかなと、自分なりに分析しています。

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