敏腕編集者たちが語るヒット新書のつくり方――潜在需要をどう掘り起こすか

栗原一樹(講談社 学芸部 学術図書編集部)×田頭 晃(光文社 新書編集部 副編集長)×多根由希絵(SBクリエイティブ 学芸書籍編集部)

この1年間の新書を振り返る

──印象に残った2022年の新書を教えてください。

DSC_0299 のコピー.jpg鼎談の様子


栗原 重田園江さんの『ホモ・エコノミクス』(ちくま新書)です。「ホモ・エコノミクス」は直訳すると「経済人」ですが、要するに「自分の利益を第一に考えて合理的に行動する主体」みたいなモデルが経済学の中で立ち上がってきて、それは市場での活動のみならず、人間のあらゆる活動のモデルとしてあたかも普遍的なものであるかのように浸透していったわけです。重田さんはその経緯を思想史的な観点から明らかにしていきます。それが現代の新自由主義的な社会に対する批判的な視座を与えてくれるのですが、いずれにしても、こうした、ある考えや言葉の来歴を辿り、どうしてこうなってしまったのかということと、あり得たかもしれない別の可能性に思いを馳せる、みたいなスタイルの本が好きなんです。


多根 『会話を哲学する』が印象に残っていまして、ご担当が、田頭さんだったんだって(笑)。ビジネス書も担当していますので、会話を扱った本をたくさんつくってきました。もう会話についてはネタがないと思っていたところに、この本を読んで驚かされました。会話を俯瞰的に捉え、何を会話するべきかではなく、会話をしているときに何が起こっているかが解き明かされています。思ってもいなかったことに気づかせてくれましたし、知識としても興味深く、会話していて、相手の話が、これは「マニピュレーション(何かを操作すること)」なんだなと思い至る機会があります。会話という身近な事象に役立つ上に、その発想がおもしろかったです。


田頭 『会話を哲学する』は、自分が頭に描く光文社新書の形を実現できたのではないかと思っています。教養新書を目指すは目指すんですけれど、先行するレーベルと同じことをしていては意味がないので、うちの場合は少し捻る必要があるんですね。それが本書の場合は、マンガの会話を分析対象としたことと、帯に『うる星やつら』のコマを使ったことです。常に他の新書レーベルと光文社新書のポジショニングを意識しながら企画を進めています。そうしたレーベルの個性も含めて読者に興味を持ってもらえると考えていますので。あとはマンガの影響力の強さを改めて感じました。この本で取り上げたマンガのファンの方がSNSで紹介してくださったんです。繋ぐという意味では、いろいろな作品と繋がることができて、その結果、多くの方に手にとってもらうことができました。


多根 マンガ以外にも『オリエント急行の殺人』などの小説を取り上げていて、それぞれの作品のファンの方が読んでもおもしろい本だと思いました。


田頭 ありがとうございます。僕が2022年、その手があったか、これはすごい、やられたと思ったのは、望月雅士さんの『枢密院』(講談社現代新書)です。タイトルも字面が強くて、インパクトがあります。著者初の単著で、枢密院が新書単体のテーマで取り上げられること自体が初めてです。名前を聞いたことはあっても、歴史が好きな方でさえその内実がよくわからないと思うんですが、そんなワンテーマを掘り下げた、素晴らしい企画だと思いました。

(続きは『中央公論』2023年3月号で)


構成:小山 晃

中央公論 2023年3月号
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栗原一樹(講談社 学芸部 学術図書編集部)×田頭 晃(光文社 新書編集部 副編集長)×多根由希絵(SBクリエイティブ 学芸書籍編集部)
◆栗原一樹〔くりはらいつき〕
1979年群馬県生まれ。『現代思想』編集長を務め、2019年、講談社に入社。現代新書編集部を経て、現職。最近の担当書籍に『現代思想入門』(新書大賞2023)、『ミシェル・フーコー』など。

◆田頭 晃〔たがしらあきら〕
1979年東京都生まれ。2005年、光文社に入社。『JJ』編集部、『CLASSY.』編集部などを経て、現職。最近の担当書籍に『古典と日本人』『「おふくろの味」幻想』など。

◆多根由希絵〔たねゆきえ〕
東京都生まれ。日本実業出版社を経て、2014年、SBクリエイティブに入社。最近の担当書籍に『読書する人だけがたどり着ける場所』『22世紀の民主主義』(新書大賞2023第7位)など。
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