Uボート内に散った日本人技術者
二人が選んだのは、自らに付与された責任への一つの処し方であり、それは「死に方」ではなく「生き方」の問題であった。世上における美醜を超えた信念の結果である。
ドイツ人乗組員たちは、なぜ二人が自決の道を選んだのかについて理解が及ばず、少なからず当惑した。ドイツ人たちは「これが武士道というものなのか」と自らを納得させるしかなかった。
庄司と友永が携行していた機密書類や設計図などの類いは、彼ら自身の手によって事前に廃棄されていた。しかし、最も重大な機密とされた「禁断の実」である「U235」は処分の仕様がなく、やむを得ず遺留されていた。艦長を除くドイツ人乗組員たちは、未だその存在を感知していない。
二人の遺体は、夜の闇に紛れる形で甲板上へと運ばれ、遺書が命じた通り、水葬に付されることとなった。海上航行をしていたU234号が一旦、ディーゼルエンジンを切った。「サットン」に無用な嫌疑を与えぬよう、すべての作業は首尾よく迅速に行われた。ケンバスに包まれた遺体は、ハンモックへと納められた。フェーラー艦長の命により、亡骸は一体ずつ、大西洋の波間へと落とされた。白き手の厳粛な敬礼に見送られて、二人の遺体は暗い海中へと消えた。
翌十五日、U234号は「サットン」に完全に拿捕される形となり、十九日、アメリカの東海岸に位置するポーツマスの海軍基地に入港した。U234号の艱難に満ちた#孤寂#こじやく#な旅が、終焉を迎えた。
久しぶりに大地を踏みしめたドイツ人乗組員たちは、連合軍の捕虜となった。彼らは、群がったアメリカの民衆から罵声の限りを浴び、中には暴力を振るわれて怪我をする者までいた。アメリカには、それまでの戦争の経過の中で、Uボートの犠牲になった者も多く、そんな彼らの家族や友人にとって、ドイツ人乗組員たちは憎悪の対象以外の何物でもなかった。
ドイツ人たちは収容所へと回されたが、彼らの所有していた勲章や腕時計、万年筆、更には結婚指輪までもが、一部の心貧しき米兵によって掠奪された。ポーランド系アメリカ人の獄吏に、棍棒で殴打されることもあった。
当時のアメリカの新聞を見ると「Uボートを拿捕した」ことを伝える記事が大きく掲載されている。中には「艦内で二人の日本人が自決していた」ことに触れた紙面もあった。
庄司、友永と交流のあった駐独海軍武官・小島秀雄は、五月十七日の朝、ドイツの地において、イギリスBBCのラジオ放送により二人の自死を聞知したという。
「U235」の正体
ポーツマスの軍港では早速、U234号の積荷に対する検査と分析が始まった。
U234号の艦内に二人の日本人が運び込んでいたケースの中から、その「禁断の実」こと「U235」は間もなく発見された。
この時に作成された「積荷リスト」を、アメリカ国立公文書館が戦後に公開しているが、その極秘文書の中には「URANIUM OXIDE」との文字がある。
そのケースの中身とは、総量五六〇キロにも及ぶ「酸化ウラン」であり、日本側が入手を目指していたのは、ウランの同位体である、いわゆる「ウラン235」であった。
日本の陸海軍は、アメリカに大きく遅れを取りながらも、原子爆弾の開発を進めていたが、その原料となるウランの不足が研究の大きな障壁となっていた。
ウラン235は核分裂を起こしやすく、中性子を当てて連鎖反応を開始させれば、大量のエネルギーが一気に解放されて核爆発を招く。しかし、ウラン235は稀少で、天然ウランに含まれる割合は僅か〇・七%ほどしかない。九九・三%は分裂しにくいウラン238である。
ドイツの占領地内には、大規模な天然ウランの産地があり、日本がここに目を付けたのは当然のことであった。
ポーツマスの軍港では、ガイガーカウンターを持った専門家らが慌ただしく出入りする光景が見られた。地元紙は「もし爆発したら全ポーツマスと周辺地域を地球の表面から消してしまうほどのウランが発見された」と書き立てた。
このU234号内にあったウラン235は、ポーツマス軍港からワシントン郊外の海軍基地へと移送されたことまでは判明しているが、その後にどう処理されたのかについては確言できない。
広島に落とされた原子爆弾には大量のウラン235が使用されていたが、これがU234号の積荷から転用されたものだった可能性は低い。U234号が日本に運ぼうとしていた酸化ウランを原爆に使用するためには、高濃度に濃縮する作業が必要となる。しかし、U234号内で発見されたウラン235の量では、濃縮ウランとしては三キロほどの量にしかならない。広島に投下された「リトルボーイ」には約五〇キロもの濃縮ウランが積載されていたと言われている。
また、当時のアメリカが、すでにマンハッタン計画の進行過程にあり、大量のウランを充分に保有していたことを考えれば、U234号内のウラン235が「リトルボーイ」にそのまま転用された可能性は、決して高くないと言っていいであろう。
しかし、その真相は深海の如き闇の中である。