中国を警戒し、接近する日露
現地の海軍当局が事実無根という報告を北京の中央政府に対して行ったことを踏まえ、中国政府は、「日本政府の主張と中国海軍の主張が食い違っているならば、中国海軍の主張が正しいとする」という方針を採択した。従って、今後、日本がいかに客観的かつ実証的なデータを提示しても、中国当局がそれを認めることはない。中国としては、火器管制レーダーの照射を認め、日本側の挑発行為に対する防禦活動と強弁することもできた。そのシナリオを取らなかったのは、火器管制レーダーの照射を認めれば、それが小野寺防衛相が指摘した「武力による威嚇」と国際社会に受け止められ、外交的に中国が不利な状況に追い込まれると考えたからである。そこで火器管制レーダーの照射自体がなかったと「大きな嘘」をつき、問題を「あった」「なかった」の水掛け論に持ち込み、国際的非難をかわすことを計算している。
中国に強い警戒感を抱くロシア
本件に関するロシアの反応が興味深い。二月八日、ロシア国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)が、中国による火器管制レーダーの照射は事実で、尖閣諸島をめぐる日中の力関係を変化させようとする中国の戦略に基づくものであるというワシーリー・カーシンの論評を掲載している。この論評は、ロシアのインテリジェンス機関の評価を踏まえてなされたものと見られる。
〈中国の053H3型フリゲート艦が日本の海自の護衛艦を標的としてレーダー照射したのは1月30日の事だったが、この行為は、尖閣諸島をめぐる係争海域での中国の行動モデルが取って替わるというテーゼを最終的に確認するものと見なす事ができる。
比較的最近まで、中国は、自国の軍事力を尖閣諸島沖や南シナ海といった係争地区で誇示する事をそもそも避けていた。こうした場所で中国が存在を誇示していたのは、国家海洋局海洋モニタリング部の艦船や航空機、魚類保護や税関の船上の中国旗によってだった。これらの船や飛行機を操縦しているのは軍人ではなく、搭載している武器も原則として偶発的な出来事に備えるためのもので本格的なものではない。このように中国は、領土的利益を断固主張しながらも、その一方で、軍事力で隣国を威嚇する気持ちがなく、あらゆる努力を傾けて軍事紛争を避けようとしている姿勢を示してきた。
ところが状況は変化した。まず1月10日、中国は係争地区に北海艦隊の偵察機Y-8を派遣、その後、自分達のパトロール・ゾーンに日本のF-15J戦闘機2機が現れたことに対抗して、同じく2機のJ-10戦闘機をそこに送った。翌日この示威行動に、日本側の情報では「武器を搭載した」ほぼ完全な編隊を組んだ形での爆撃機JH-7/7Aによる尖閣諸島周囲での飛行が加わった。
そして、こうした行動がエスカレートしてゆく次の段階として行われたのが、今回問題になった日本の護衛艦へのレーダー照射だった。火器管制レーダーの照射は、武器を使用する前の最後の措置である。これは、火器管制システムが、標的を攻撃するためのデータを連続して作成している事を意味する。もし2隻の船を2人の兵士になぞらえるなら、レーダーによる標的の捕捉とそれに付随する行為は、弾丸の入ったライフル銃を敵に向け照準を合わせるに等しい。そうした条件においては、挑発者自身により偶然引き金が弾かれる可能性もないわけではないし、標的とされた側の船の乗組員が、生命の危険を感じて衝動的に危険な行為に出る事もあり得る。
なお日本側へのレーダー照射は、1月30日が最初ではなかった。1月19日にも中国側は、日本の艦船から飛び立ったパトロール用ヘリコプターにレーダー照射を行った。尖閣諸島海域において日本と中国の艦船は、互いに大変近い距離でパトロール活動を展開している。日本の艦船にレーダー照射した053H3型フリゲート艦は、その後「ツャンフー」タイプのフリゲート艦に発展しているもので、1990年代から2000年代初めにかけて建造された。053H3型は、短距離高射ミサイルHQ-7、巡航ミサイルYJ-83、100ミリ砲などのシステムを搭載している。全体的に旧式ではあるが、このタイプのフリゲート艦は、近距離での戦闘ではかなり危険な存在と言える。今回のレーダー照射では、中国と日本の艦船の間の距離は、およそ3千メートルに過ぎなかった。
中国側は、自国の艦船が日本の護衛艦をレーダー照射した事を否定し、これは中傷であるとし、中国船のすぐ近くで日本が危険な策略をめぐらしていると非難している。しかし、以前も中国人民解放軍が威嚇のため、そうした行為をしてきたことはよく知られている。例えば2001年、中国空軍のスホイ27型機は、台湾海峡上空で台湾のミラージュ戦闘機に対しレーダー照射を行った。また今回の事件の直前、中国の軍事専門家の一部には、レーダー照射をすべきだとの声があったのも事実である。
はっきりしているのは、中国が、領土問題における行動方針を変え、相手の強さを試す事にしたということだ。近く我々は、中国指導部の目論見が正しかったかどうか、この目で見る事になるだろう。〉(http://japanese.ruvr.ru/2013_02_08/104048660/)
「ロシアの声」は国営放送なので、ロシア政府の利益に反する論評は行わない。本件に関し、東シナ海における海洋秩序を一方的に変化させようとする中国の策略にロシアが強い警戒感を持っているので、このような論評が報じられたのだ。
ここで心配なのが、日本外務省の態度だ。国際法の有権的解釈を日本政府において行うのは外務省国際法局だ。本来ならば、外務省がもっと前面に出て、「今回の中国によるわが海上自衛隊護衛艦とヘリコプターに対する火器管制レーダーの照射は、国連憲章第二条四項で禁止されている武力による威嚇だ」と強く訴えるべきであるが、そうなっていない。〈外務省は河相周夫事務次官が8日に程永華中国大使を呼んで抗議。「レーダーの周波数などの電波特性や護衛艦と相手の位置関係などを詳細に分析した」と、主張の正しさを訴えた。〉(二月九日『朝日新聞』デジタル)にとどまる。