中国を警戒し、接近する日露

新・帝国主義の時代【最終回】
佐藤優(作家・元外務省主任分析官)

 中国は帝国主義国だ。中国の挑発行為に対して、外交的に日本が怯んでいると、中国は挑発を更にエスカレートさせてくる。中国の無法行為に外務省は必死になって抵抗するとともに、国際世論を日本の味方に引き入れるべく努力すべきだ。ロビー活動とともに「コリント」(COLLINT、協力諜報)を強化する必要がある。外務省国際情報統括官組織は、CIA(米中央情報局)のみならず、今回、明示的に日本に対する好意的シグナルを出しているSVR(露対外諜報庁)とも意見交換を密に
すべきだ。日本はインテリジェンス面で、米露と連携し、中国を封じ込める努力をすべきだが、それができていない。

日露関係に改善の兆し

 日中関係の緊迫化と対照的に、日露関係には若干だが改善の兆しが現れている。安倍晋三首相の親書を携行し、首相特使として訪露した森喜朗元首相が、二月二十一日十五時二十二分から十六時三十五分(日本時間同日二十時二十二分から二十一時三十五分)まで、モスクワのクレムリン宮殿で、プーチン露大統領と会談した。プーチン大統領は、森氏を現職の国家元首が実務訪問を行ったときに相当する一時間一三分を会談に割き、ていねいな対応をした。

 今回の会談で日本側が設定した目標は、森氏とプーチン大統領の間に存在する個人的信頼関係を一層強化し、北方領土問題の政治決断に向けた環境を整備することであった。

 一部に森氏が今回の訪露でロシアに三島(北方四島から択捉島を除いた歯舞群島、色丹島、国後島の三島)返還を提案するという憶測があったが、これは事態の経緯を知らない人の見方だ。確かに一月九日のテレビ番組で、森氏は〈北方領土問題の段階的解決策について、国後、択捉両島間に線を引き、国後、色丹、歯舞を日本、択捉をロシアとする案を披露した。ロシアのプーチン大統領が「引き分け」と語っていたことを踏まえ、「単純に線を引けばこれが一番いい」と述べた。〉(一月十日、MSN産経ニュース)。

 この背景には、安倍首相の発言がロシア側に誤解を与えた経緯がある。北方四島に対する日本の主権が確認されるならば、返還の時期、態様、条件については柔軟に対処するというのが、北方領土問題に関する一九九一年十月以降の日本政府の基本的立場である。その後、日本政府がロシア政府に対して、「四島一括返還」(返還とは潜在主権とともに施政権も返還するという意味)を要求したことは、文字通り一度もない。

 去年十二月二十六日に安倍内閣が成立した。その四日後の十二月三十日、テレビ番組で、安倍首相は「四島一括返還が基本的な考え方」と明言した。そのためロシア側は、日本の自民党新政権が北方領土交渉におけるハードルを一方的にあげたのではないかという懸念を持ち、さまざまなチャネルを用いて情報収集を行い始めた。その事情を考慮し、ロシア側の信任の厚い森氏は、「四島一括返還」が日本政府の基本的立場ではなく、安倍新政権が北方領土問題に関するハードルをあげているのではないことを示すために、一月九日のテレビ出演の際に意図的に三島返還に言及した。森氏は、安倍首相を含む政府関係者とは、事前に一切打ち合わせることなく、前述の発言を行ったのである。

 一月十一日に森氏と面会した鈴木宗男・新党大地代表は、ブログにこう記している。
〈昨日11時、森元首相に新年のご挨拶に伺う。森元首相から安倍内閣についての話や人間関係等興味深いお話を聞く事が出来、森元首相の存在感の大きさを感じた次第である。

 私から9日のBS番組で北方領土問題について、昨年3月のプーチン大統領が述べた「引き分け」について森元首相が「択捉島と国後島の間に、線を引けばいい」と述べたことについて真意を尋ねると、「引き分け」とは、どう考えるかと聞かれたので、歴史的経緯を踏まえ、日ロ両国がお互い納得し、現実的に判断するには、柔軟に幅広く枠にはまった一方的な主張ではなく、様々な考えがあるのではないか。その上で「引き分け」にあう議論をするべきとの思いで、1つの例えを話したとの事である。

 森元首相の時、北方領土が一番一番近づいたと、認識している私は、森元首相の懐の深い、更に、経験に基づく頭づくりでの発言だと受け止めている。
 2月の森元首相の訪ロが北方領土問題解決の突破口になるものと期待してやまない。〉(一月十二日「ムネオの日記」)

「日ロ両国がお互い納得し、現実的に判断するには、柔軟に幅広く枠にはまった一方的な主張ではなく、様々な考えがあるのではないか。その上で『引き分け』にあう議論をするべきとの思いで、一つの例えを話した」というのが森氏の真意である。日露双方に立場はあるが、それに固執せずに北方領土交渉を行うべきであるというシグナルを出した。

 ロシア側は、森氏のシグナルを肯定的に受け止めている。すなわち、森氏が三島返還で平和条約を締結するという変化球を投げたのではなく、前提条件をつけずに北方領土交渉を行うべきであるとのメッセージを安倍首相とプーチン大統領の双方に対して発したと認識している。安倍首相も、一月十七日、タイで行われた内政懇で、〈北方領土に関しては「四島一括返還が一番望ましいが、政府の姿勢は四島の帰属を決めて平和条約締結ということだ」と説明した。国後、色丹、歯舞を日本、択捉をロシアとする森喜朗元首相の案については「たくさんあるご自身の選択肢について、ある種感想的な意見を述べられたと思う」〉(一月十七日、MSN産経ニュース)と述べているので、森氏のシグナルを正確に理解している。森氏の機転によって、「四島一括返還が基本的な考え方」という安倍発言が「ボタンの掛け違い」の原因となることを避けることができた。

弾圧政策への黙認という意味

 森氏とプーチン大統領の会談に話を戻す。

 会談に同席した、ウシャコフ大統領補佐官(外交担当)が、会談終了後、日本側同席者の上月豊久外務省欧州局長を追いかけ、「とても内容の濃い、意味ある意見交換だった」と述べたが、これはロシア側の額面通りの評価と考えてよい。日本側が設定した、北方領土問題の政治決断に向けた環境を整備するという目標は、この会談で達成された。

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