高橋杉雄 戦争を防ぐために軍事の常識を知ってほしい

高橋杉雄(防衛研究所防衛政策研究室長)

「議論が足りない」とは?

──ウクライナ戦争が、今回の出版の動機ということでしょうか。


 そこが大きいですね。加えて、日本自体への思いもあります。安全保障環境の悪化に対応して、日本は昨年末に国家安全保障戦略など安保3文書を改定し、防衛力の抜本的強化を打ち出し、裏付けとなる防衛費増も決めました。防衛力強化の柱となる「反撃能力」については、反対派を中心に「もっと議論するべきだ」との意見も聞かれましたが、これは1998年の北朝鮮のテポドン発射以来、25年間は議論してきたことです。

 今後5年間で約43兆円に増額する防衛費についても、積み上げた中身をよく分析した上での意見や議論をあまり見かけません。3文書や防衛費の使い道はオープン情報ですので、それぐらいはきちんと理解した上で議論すべきだと思います。賛成か反対かは、その上で決めてほしいと思います。

 また、ある事象への好き嫌いが先に来てしまって、議論が深まらないこともあります。嫌いならそう言えばいいと思うのですが、「嫌い」を「議論が足りない」と言い換えて、議論すべき本質的な問題を覆い隠していく。では、何をすれば議論が深まったことになるのでしょうか。論壇誌を読むと、財政や社会保障、年金問題についての議論は正直、レベルが高いなと感じます。一方、軍事を含めた安全保障分野では、全体的にエビデンスに基づく議論が煮詰まっていかないのが現状です。経済・社会政策と同じレベルにまで持っていけたらいいと思います。


(続きは『中央公論』2023年9月号で)


構成:天野雄介(読売新聞政治部)

中央公論 2023年9月号
電子版
オンライン書店
  • amazon
  • 楽天ブックス
  • 7net
  • 紀伊國屋
  • honto
  • TSUTAYA
高橋杉雄(防衛研究所防衛政策研究室長)
〔たかはしすぎお〕
1972年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。米国ジョージ・ワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。97年防衛研究所に入所。専門は国際安全保障論、現代軍事戦略論、日米関係論。著書に『現代戦略論』『日本で軍事を語るということ──軍事分析入門』など。
1  2  3  4