習近平が目指すのは「家業」の永続と「覇業」の実現――台湾有事を防ぐ要訣とは
政治家像の基本的視座――血統と門閥への自負
高坂正堯の吉田茂論に倣っていえば、習近平には「三つの顔」――①保守主義の官僚政治家、②実戦経験のない軍人政治家、③長いキャリアをもつ地方指導者がある。①について習近平は、1949年の建国後にこの世に生を受けた初めての最高指導者であり、文化大革命(66~76年)の一時期を除き、基本的には「出来上がった」秩序のなかで成長した。規律と秩序を重んじ、中国の歴史と伝統、文化の尊重を信条とする。
②に関し、大学卒業後の79年から82年までの約3年間、現役の軍人として国防大臣の秘書を務めた経験をもつ。現在は中央軍事委員会主席のほか、毛沢東や鄧小平と同格の最高統帥の尊称も得ている(江沢民と胡錦濤はこの敬称を与えられなかった)。毛や鄧と異なり実戦経験はないが、軍人政治家としての強い自負をもつ。
③については、軍を辞めて政治家の道を本格的に歩み始めた82年から、胡錦濤総書記の後継候補として2007年に指導部入りするまでの約25年間、習近平は一貫して地方統治の現場で研鑽を積んだ。このときの記憶と経験は、国家のトップとなってからも統治の多くの分野で活かされている。歴史認識、海洋進出と海洋領土、軍備増強、台湾統一などのテーマは、四半世紀に及ぶ地方指導者時代からこだわりをもち、ライフワークと位置づけている。
また、台湾や東シナ海・南シナ海の島嶼の「失地回復」をめぐる習近平の発言からは、党・政府・軍の組織的頂点に立つ実存的存在の最高指導者でありながら、擬人的に観念された「中華民族」や物神化された「党」に仕える従者のようにみえる。おそらく習近平の脳裏には、父親の習仲勲をはじめ中国革命に功績のあった父祖の世代の主要な指導者のうち、自分と直接交流のあった物故者の姿が想起されている。最高指導者である習近平にとって、みずからの政治的責務を全うすべき相手としては、現世に生きる中国国民はもちろん、とりわけ、領土や主権、歴史認識、そして国際政治での覇権追求などの特定の政治課題では、生者と同等、ときにはそれ以上に、死者─すでに鬼籍の人となっている革命の先達も含まれる。いうなれば習近平は、半分仏壇を拝みながら政治を行っている。
このように物心がついてから今日まで、習近平の政治認識に一貫して存在するもっとも重要な要素は、「紅二代」(中国建国に功績のあった党や軍の高級幹部を親にもつ子弟集団のこと)の門閥と血統に対する強い自負と責任感といってよい。政治的出自に由来するところの、個人の記憶と国家の歴史が部分的に合一したアイデンティティと身体感覚をもっている(後述)。