鳩山イラン訪問の大失態
第二に、大野氏は失敗した場合、「議員本人が責任を負う覚悟が必要」と述べる。外交で、国益を毀損するような事態を引き起こした場合、議員本人で責任を負うことができないような事態があることについて、大野氏はどう考えているのだろうか。外務省に一〇年以上勤務した人が、このような単純な自己責任論で外交ゲームができると考えていること自体が驚きである。
鳩山氏も大野氏も、主観的には日本の国益と国際平和を真面目に考えているのだろう。しかし、主観的な真面目さと、外交的な成果はまったく別の問題だ。外交の世界では、善意の人が、地獄への道ぞなえをすることはよくある。四月六日深夜、イランに向けて出発する直前に記された、鳩山氏のブログを読むと、同氏の思い詰めた真面目な気持ちが伝わってくるので、全文を引用しておく。
〈まもなく4月6日午後10時になりますが、これからイラン・イスラム共和国へ出発します。中東の専門家である大野元裕参議院議員も同行します。
現地では、アフマディネジャド大統領、ジャリーリ国家安全保障最高評議会書記、サーレーヒー外務大臣、そして前駐日イラン大使のアラグチ外務次官にもお会いする予定です。
現在、イランの核開発疑惑をめぐり緊張が高まるなか、仮に対イラン武力行使等が最悪の事態となれば、その影響は我が国のみならず国際社会に対しても深刻なものになります。その一方で、我が国は歴史的にイランと良好な関係、少なくとも対話のチャンネルは維持してきましたが、最近ではイランとの対話の窓口は途切れがちで、中東における我が国のプレゼンスも弱まりつつあります。国際社会に対するイラン問題の否定的影響が蔓延し、中東が混乱し、我が国の国益を損失するような事態だけは避けなければなりません。
これらに鑑み、何としても武力衝突を避け、平和的に問題を解決すべきと考えてみれば、かねてより作り上げてきたイランとのパイプを活用し、国際社会と協調する重要性、IAEAと真摯に協力する必要性を明確に訴え、批判的ではありながらも真剣な議論と対話を実施すべきであると思っています。特に、孤立化し国際社会の声から遠くなる可能性のあるイランの最高レベルに直接働きかける重要性は高いと考えており、総理在任時・退任後にも書簡でのやりとりを行ってきたイラン政府首脳に働きかけを行うこととなった次第です。
イラン問題がきわめて機微であることは指摘するまでもなく、本問題が一朝一夕に解決しがたいことは当然ながら、少なくとも国際社会の声を届け、問題解決に向けた環境整備の一助となればと考えています。
総理退任後、アジアを中心に各国を訪ね、それぞれのリーダー達と対話をしてまいりました。その過程のなかで、お互いの考えや国の在り方の違いを越え、信頼関係を醸成することが如何に大切かということもあらためて実感しています。
いわゆる「二元外交批判」を恐れていては議員外交はできなくなり、政府しか外交ができないようであれば、日本の未来は暗澹たるものになるでしょう。
私は元内閣総理大臣として、民主党最高顧問として、また、一衆議院議員として、国益に資することは何かということを自らに問いかけながら、今後とも行動していきたいと思っています。
二〇一二年四月六日 鳩山由紀夫〉
世界を混乱させた大野氏のブログ
鳩山氏は、絶対に正しいことを行っていると確信している。ここにすべての問題がある。特に、鳩山氏は、「何としても武力衝突を避け、平和的に問題を解決すべき」ことが目的と述べる。
大野氏は、鳩山氏の目的を敷衍して、五項目に整理する。
〈今回のイランに対する議員外交には、以下のような意義があると考えている。
・元総理が行かれると言うことは、イランとしても相応の高いレベルの要人と話をさせると言うことを意味する。孤立化するイランに国際社会の声を正確に届けることが最も重要であると考える。
・議員外交で、これだけ大変になっているイラン情勢が一気に好転することはあり得ない。しかしながら、国際的な枠組みに協調することがイランの利益にかなうところ、具体的な一歩を踏み出すよう促すべきと考えている。
・イランと日本の伝統的な友好関係を想起させ、しかるべく後の二国間関係増進の礎とする。
・元総理がイランを訪問するというインパクトはあるはずで、イラン国民に「イランは忘れられているわけではない。先鋭化する必要はない」とのメッセージとする。もちろん、それがイランに必要以上に迎合的になり誤ったメッセージとなってはならないことは当然である。
・「撃たせてはならない」立場にある我が国の利益に鑑み、イラン問題の解決に少しでも資する様な環境整備につなげる。そのためには、イスラエルに対する働きかけも引き続き行う必要があろう。〉(前出の大野氏ブログ)
通常の外交交渉において、このような対処方針を事前に公表することはない。この内容は、外務省の常識に照らせば、極秘の指定がなされる。大野氏が対処方針をブログに発表すれば、事前にイラン側もそれを読む。「イランに必要以上に迎合的になり誤ったメッセージとなってはならないことは当然である」と言っていることが、肝になる。必要以上でない範囲、つまりある一定の限度まで、鳩山氏はイランに対して迎合する用意があるということだ。イラン側としては、この限度をイランにとってもっとも有利なところまで引き上げることを考える。
さらに「撃たせてはならない」というのが、いつから日本の立場になったのであろうか。イランが国際社会の反対を押し切って核開発を強行した場合、力によって封じ込める選択肢を排除すべきではないと筆者は考える。筆者と同じ考えに立つ人も政府高官、民主党幹部にいる。現時点で、鳩山氏がイランに対して、イスラエルもしくは米国に「撃たせてはならない」という認識を伝えること自体が、イランに対する支援になる。さらに大野氏は、「イスラエルに対する働きかけも引き続き行う必要があろう」と述べる。要するにイスラエルに「撃ってはならない」という圧力をかけるということだ。このようなメッセージを日本がイスラエルに伝えることが事態の改善に貢献するとは思えない。