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鳩山イラン訪問の大失態

佐藤優の新・帝国主義の時代
佐藤優

 鳩山氏のイラン訪問は、野田佳彦首相の意思に反して行われた、「悪い二元外交」の典型的事例だ。首相官邸が、鳩山氏がイランを訪問するという情報をつかんだのは、四月三日の夜だった。官邸幹部は、三日中にその情報を佐々江賢一郎外務事務次官に伝えた。佐々江氏も官邸からの連絡によって、はじめて事実を知った。筆者は、翌四日早朝、「六日から九日にかけて鳩山由紀夫元首相がイランを訪問する。この訪問はイラン側によってアレンジされており、外務省は関与していない。この訪問には、元国連職員の水野時朗氏と民主党参議院議員で中東専門家の大野元裕氏が同行する。大野氏は、数日前に鳩山氏から誘われ、この訪問に参加することになった。首相官邸は、本気で鳩山氏らのイラン訪問を止めようとしているが、鳩山氏、大野氏は個人の資格として訪問するので問題ないと言っている。訪問を強行するつもりだ」という情報を得た。

 この情報を端緒にいくつかの筋にあたって調べたところ、鳩山氏は、民主党の輿石東幹事長からイラン訪問について、個人の資格で訪問するという了承を取りつけたが、前原誠司政調会長には、一切連絡がいっていないことが判明した。大野氏は、前原政調会長の下で民主党の「インテリジェンス・NSC(国家安全保障会議)ワーキングチーム」の座長をつとめている。この時期にイランを訪問すれば、「なぜ民主党のインテリジェンスや安全保障政策を策定する要になる人物が、首相の反対を押し切ってイランを訪問するのか」ということが、当然、インテリジェンス・コミュニティーにおいて話題になる。同盟国である米国に、事前にきちんとした説明を行わなくては、民主党のインテリジェンス政策、安全保障政策に疑念を招くことになりかねない。それにもかかわらず、大野氏が前原氏に一切連絡をしなかったというのは、意図的だったと筆者は見ている。なぜなら、外交問題に通暁した前原氏が、この時期のイラン訪問に強く反対することは明白だったからだ。

 四日午後、鳩山氏と大野氏は、外務省に対して便宜供与依頼を提出した。政府、与党とまったく関係がないという建前を鳩山氏らが貫き通すならば、便宜供与依頼を外務省に対して行うことは筋が通らない。国会議員が観光旅行をする場合、便宜供与依頼は一切行わない。便宜供与を外務省に依頼した事実自体が、鳩山氏と大野氏が外務省(すなわち政府)の関与を求めた客観証拠になる。しかも、便宜供与依頼の内容が奇妙で、成田からドバイ(アラブ首長国連邦)の通関支援だけだった。

 
 国会議員の外遊に関しては、外務本省が出先の大使館や総領事館に対して、公電(外務省が公務で用いる電報)で、何をしたらよいかについて指示をする。通常、空港送迎、宿舎留保、配車、要人との会見の取りつけ、通訳の提供、任国情勢に関する説明が便宜供与依頼には含まれる。ドバイで、テヘラン行きに乗り換えるときの通関手続きが円滑に行われるようにというだけの便宜供与依頼は、業界常識に照らしてかなり異例のことである。受け入れ国が会見を取りつける場合でも、通訳の提供と任国事情の説明を大使館に依頼するのが通例だからだ。そのため、一時、外務省の官房長も、鳩山氏とアフマディネジャード大統領の会談がドバイで行われるという誤った受け止めをしていた。この混乱からしても、外務省のこの訪問に関与していないという釈明は計画段階では事実と思う。

議員本人で責任は負えない

 ちなみに、大野氏は外務省の内部事情に通暁している。外務省には、地域事情の専門家を期限付き(通常二年)で大使館の専門調査員(外交官としてのランクはアタッシェ[外交官補])、外務本省の専門研究員として受け入れる制度がある。大野氏は、イラク(八九〜九〇年)、アラブ首長国連邦(九〇〜九三年)、カタール(九五〜九七年)の日本大使館に専門調査員として勤務した。その間、一九九四〜九五年に外務省国際情報局分析第二課にも勤務している。筆者は、九五年三月にロシアから帰国し、翌四月から同局分析第一課に勤務したので大野氏と面識がある。国際情報局は、外務省でインテリジェンスを担当する部局なので、大野氏もこの世界の掟については知っているはずだ。さらに大野氏は、外務省の本官(正式の外交官)に登用され、ヨルダン(九七〜〇〇年)、シリア(二〇〇〇〜〇一年)の日本大使館に書記官として勤務し、〇一年に外務省を退職している。通算で、足かけで一三年間外務省に勤務している。その意味で、大野氏は単なる中東専門家ではなく、外交のプロでもある。鳩山氏は、首相を経験した政治家であるが、外交実務の経験もなければ、イラン情勢に関する専門知識もない。外交交渉を行うためには、外交専門家の助言を受け、対処方針と発言要領を作成することが不可欠だ。この専門家が、今回の鳩山氏のイラン訪問において重要な役割を果たす。通常、このような役割を担う人は、黒衣に徹して表に出てこないものである。

 大野氏の四月六日付ブログを読むと、同氏が鳩山氏の「知恵袋」としての役割を果たしていることが浮かび上がってくる。大野氏は、〈本6日から鳩山代議士のイラン訪問に同行することになった。昨日一日は、参議院の議院運営委員会において、政府と調整のできていない訪問などけしからんとして、野党が訪問許可を保留し、正直困っていたが、何とか渡航することになった。一議員として、交渉に臨むことになる。/議員外交には大きな意義があるが、ルールもあると思う。それはパフォーマンスになってはならず、国益に見合ったものにならなければいけない。つまり、いい成果は政府の外交に活かしてもらい、そうでない部分は議員本人が責任を負う覚悟が必要という意味である。また、イランという世界でも名うての交渉上手を相手にするのであるから、しっかりとした議員外交にしなければならない〉と述べる。

 大野氏は、「いい成果は政府の外交に活かしてもらい、そうでない部分は議員本人が責任を負う覚悟が必要」と述べるが、この見解には二つの問題がある。

 第一に、何が成果であるか、何が国益を毀損する失敗であるかについて判断する主体は誰かという問題だ。日中戦争期、中国に展開した日本軍は、自ら作戦計画を立てて、それを自ら評価した。その場合、自己評価は、成功か大成功にしかならない。日本陸軍による成功と大成功の集積が、太平洋戦争の敗北につながっていったことを忘れてはならない。

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