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鳩山イラン訪問の大失態

佐藤優の新・帝国主義の時代
佐藤優

 大野氏のブログをイランだけでなく、米国、イスラエル、ロシアの外交・インテリジェンス関係者も読む。複数の国のインテリジェンス専門家から、筆者に「いったい大野さんはなぜ、このような機微に触れる内容を事前に公表するのでしょうか。大野さんのブログを通じて日本政府が何かシグナルを送ろうとしているのでしょうか。それともこれは、イランのインテリジェンス工作なのでしょうか」という照会があった。筆者は、「大きな外交交渉に従事するという高揚感から無防備になっているのでしょう。深読みをする必要はありません」と答えた。

 いずれのインテリジェンス専門家も筆者の答えに納得せず、「イランを相手にこんな脇の甘い行動を取る人がいるとは考えられません。それに鳩山さんは元首相というだけでなく、外交を担当する民主党最高顧問でしょう。裏で政府、もしくは民主党が糸を引いているのではないでしょうか。それに大野さんは、外務省のインテリジェンス部局につとめていたことがあるでしょう。民主党のインテリジェンス・NSCワーキングチームの責任者ではないですか。佐藤さん、ほんとうのことを教えてください」としつこく尋ねられ、うんざりした。

 鳩山氏がイランを訪問した後、本件が日本政府のインテリジェンス工作ではないかという誤解が一層拡大している。それは鳩山氏とアフマディネジャード大統領を含む要人との会談に駒野欽一駐イラン日本国特命全権大使が同席していたからだ。特命全権大使は、天皇陛下の信任状を任国元首に対して奉呈し、公式に受け入れられた日本国家の代表である。会談に大使が同席することは、外交的に日本政府が高いレベルで関与していることを意味するというのが、外交常識だ。野田首相、玄葉外相が、鳩山氏の訪問に政府は一切関与していないと強調していることに鑑みて、駒野大使の立ち居振る舞いは実に奇妙だ。情報収集のためならば、ペルシア語を解する大使館の書記官を同席させれば済む話だ(外交の業界用語ではローキーという)。駒野大使の会談同席は、現地の判断だけで行われたのだろうか。外務本省は駒野大使に対して、鳩山氏のイラン訪問の際の対応について、どのような指示を行ったのであろうか。ちなみに、外務本省から在外の大使館、総領事館に対して送られる公電は、外務大臣から大使、総領事に宛てられる。もちろん本省発の大部分の公電は、外務大臣の決裁を取らず、局長、課長までの代決(代理決裁)で済ませる。野田首相、玄葉外相が政府と民主党の関与を否定した鳩山氏とイラン要人の会談に大使が同席する問題については、外務官僚の相場観として、事前に外務大臣、内閣官房長官、首相の了承を得る。外務省は、駒野大使の同席問題について経緯を明らかにしていないが、仮に外務省の事務当局が、玄葉外相に本件を相談し、了承を得ていなかったならば、外務官僚の深刻な暴走である。

七つの事実と稚拙な訪問の実態

 ところで、筆者は、毎月第一、第三金曜日、午前八時三十分から九時三十分まで、文化放送の「くにまるジャパン」にレギュラーコメンテーターとして生出演している。四月二十日の放送では、大野氏が出演し、直接、意見交換をした。大野氏の発言から重要な事実が七点明らかになった。

一、大野氏が鳩山氏から、イラン訪問を誘われたのは、三月二十九日のことである。

二、イラン要人と会談するときの鳩山氏の発言応答要領は大野氏が作成した。

三、その後、出発までの間に大野氏は、駒野大使と連絡を取った。

四、大野氏は、出発前に玄葉外相と直接、電話で話をした。玄葉外相は、イラン訪問を差し控えてほしいと述べたが、個人としての訪問を止めることはできないと言った。

五、大野氏は、外務省に対して、通訳は鳩山氏側で同行させるが、大使館側がペルシア語を解する大使館員を同席させたいのならば、それは拒まないと伝えた。

六、駒野大使は、すべての会談に同席した。

七、大野氏の宿泊費は、イラン側が負担した。イランと交渉をする場合には、相手に「花をもたせること」が必要であるからそうした。

 大野氏は、筆者の質問に対して、誠実に答えてくださった。そのことについて、筆者は大野氏に感謝している。そこから、インテリジェンス工作とはかけ離れたこの訪問の稚拙な実態が見えてくる。

 第一に、細かいことのように見えるが、費用負担だ。複雑な外交交渉を行う場合、相手に借りをつくらないことは極めて重要だ。筆者は、外交官時代、ロシアやイスラエルで、さまざまな交渉を行ったことがあるが、宿泊費や交通費を先方に負担させたことは、文字通り、一度もない。イラン側に「花をもたせること」で、交渉がうまくいくなどというのは、幻想だ。相手がイラン、ロシア、北朝鮮、米国など、どこであっても、自分の宿泊費は自分で持つというのが原則だ。相互訪問の場合、受け入れ側が相手の滞在費を負担することはある。しかし、それはあくまで相互主義に基づくものだ。イラン側に安易に宿泊費を負担させた大野氏は、外交交渉術の入り口で躓いている。

 第二に、実施段階において外務省が深く関与していることだ。駒野大使の同席が、鳩山氏側の要請ではなく、日本外務省の判断によって行われた。ここで、大使館が外務本省に請訓(訓令=指示を求めること)を行わずに駒野大使の同席を決定したならば、イランの日本大使館は、旧満州国に駐留した関東軍のように、中央の統制に従わない危険な組織ということになる。その場合、玄葉外相の政治主導で、イランの日本大使館に査察使を派遣して、事実関係について徹底的に調査する必要がある。駒野大使は、ノンキャリアのペルシア語専門家だ。イラン専門家である駒野大使が、イラン側に過剰に迎合し、日本の国家意思に反する行動をとるようなことになれば、国益を大きく毀損する。ナチス・ドイツに過剰迎合した大島駐独大使の事例が二十一世紀の日本外交に甦るようなことがあってはならない。外務本省が、駒野大使の同席を認めていたならば、その決裁を行った外務省幹部の責任が厳しく追及されなくてはならない。

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