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鳩山イラン訪問の大失態

佐藤優の新・帝国主義の時代
佐藤優

 第三に、責任主体があいまいで危険な交渉が行われたことだ。鳩山氏も大野氏も、政府の方針から外れた発言はなかったと何度も繰り返した。イランの核開発問題をめぐっては、機微に触れる情報が多々ある。政府の方針から外れないためには、対イラン外交に関する日本政府の立場を正確に知らなくてはならない。そのためには、外務省のイラン外交を担当する責任者から、政府方針について、秘密情報を含む正確なブリーフィング(説明)を受ける必要がある。特に鳩山氏の発言応答要領を作成した大野氏は、外務省のブリーフィングを受けたと考えるのが合理的だ。

「くにまるジャパン」で筆者は、大野氏に外務省からブリーフィングを受けた事実があるかと何度か質したが、明確な回答は得られなかった。大野氏も鳩山氏も、国家公務員法、あるいは外務公務員法で定められた守秘義務を負わない。国会議員に対してであっても、外務官僚が正規の秘密解除手続きに基づかずに秘密情報を伝えることは違法だ。また、鳩山氏のアフマディネジャード大統領や核問題を担当するジャリーリ国家安全保障最高評議会書記との会談内容は、公電で外務省に報告されている。その秘密区分は、極秘・限定配布(極秘の中でも特に秘密度が高く、限られた人しか閲覧できない公電)のはずだ。しかし、鳩山氏、大野氏に関しては、守秘義務が課されていない。今回の会談、さらに会談の準備過程で鳩山氏と大野氏が知った外交秘密を保全する法的な縛りは一切存在せず、この二人の政治家のモラルだけに依存している。このようなモラルだけに依存する外交は危険だ。

イランの情報操作

 イランは、鳩山氏の背後に日本政府が関与しているという情報操作に腐心している。特に四月十日付イラン国営「イランラジオ」の日本語版HPに掲載された「鳩山元首相のイラン訪問、その目的は?」という標題の論評が、手の込んだ情報操作だ。情報源について、「イラン・ターブナークのインターネットサイトより」と書いてある。ターブナークは、有名なニュースサイトだ。そこに今回の鳩山氏は、「公式な任務の枠内でイランを訪問した。この中で、日本政府が明らかにした批判や反対も、彼の真の目的を覆い隠すために行われたものだ」という見方が示されている。興味深い部分を引用しておく。

〈日本でよく知られた高い立場にある人物が、政府との調整もなく、非公式に他国を訪問し、その国の政府高官と会談を行ったりできるのだろうか? この問題は、特に、鳩山氏が民主党の議員であり、公式の役職についていることから、重要性を帯びてくる。

 鳩山氏の訪問の時期、そしてその中で行われた発言を見ると、この行動の真の目的が見えてくるだろう。鳩山氏のイラン訪問は、イランと6カ国(引用者註*国連安保理常任理事国である米英仏露中と独)の重要な協議のちょうど1週間前に行われた。そう、それはちょうど、協議に関する双方の提案や期待が高まり、イランと6カ国の協議に対する展望が、世界の専門家の憶測や議論のテーマになった時期である。

 この問題をざっと見ると、鳩山元首相の訪問は、一人の著名な人物が、イラン核問題を仲介するための努力の一環として行ったものに過ぎないと考えることができるが、さらに深く見ると、この問題には、別の側面も存在する。鳩山元首相のイラン訪問の真の目的は、イランの協議の相手側である西側政府のイランへのメッセージを伝えると共に、イランの高官の見解を知り、それを西側に伝えることにあった。

 実際、鳩山元首相のイラン訪問は、個人的な非公式のものなどではなく、外交慣習や実施された会談を考えると、原則的に、そのようなものではありえない。彼は公式な任務の枠内でイランを訪問した。この中で、日本政府が明らかにした批判や反対も、彼の真の目的を覆い隠すために行われたものだと見ることができる。

 日本政府は、今回の一連の出来事において成功を収めたようだ。なぜなら、鳩山元首相のイラン訪問は、西側メディアでほとんど取り上げられておらず、日本の新聞・通信各社も、一部の出来事や日本政府の鳩山氏に対する批判を報じるに留まっているからだ。また、それを証明するのが、鳩山氏が帰国した翌日に、玄葉外務大臣がワシントンを訪問したことである。

 日本の報道各社によれば、玄葉大臣は、この訪問で、アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、ロシアの外務大臣と会談し、イランをはじめとする国際問題について話し合いを行うことになっている。今回、玄葉大臣が会談を行う国々は、イランが協議を行う相手国と重なっており、それは、鳩山元総理大臣が今回のイラン訪問で、実際、6カ国の使節としての役割を果たした、ということを証明しているのと言えるだろう。〉

 鳩山氏は、四月十六日のぶらさがり会見で、「個人的な資格で六日からイランを訪れアフマディネジャード大統領、ジャリーリ国家安全保障最高評議会書記らとかなり深く議論させてもらった。とにかくイランに対して核の疑惑というものがある以上、それを払拭するために国際社会になんとしても協力をする姿を示してほしいと強く訴えた。十四、十五日に開かれた六ヵ国の会議が大変重要だった。今回、イランも会議の中で何らかの提案を行ったと聞いているし、それぞれの国から会議自体に対してはかなり前向きな評価が出てきている。イランとしても一歩前進するような何らかの提案を行ったことには評価をしたいと思っている」と述べた。鳩山氏の基本認識は、「イランラジオ」の解説と符合している。

 現象面だけをつなぎあわせると、あたかも鳩山氏は、六ヵ国の代表として、日本政府の密命を受けていたように見える。しかし、野田首相を含む首相官邸はこの冒険に一切関与していない。この冒険を阻止しようとしたが、絶対に正しいことをしていると信じている突出した二人を抑える力が政府と民主党になかったということだ。外交は政府の専管事項で、究極的にその責任は国民の選挙によって選ばれた代表者が選出した首相が負う。この枠を外れた議員外交は、外交を混乱させるのみならず、民主主義社会の基盤を腐蝕させることになる。

(了)

〔『中央公論』2012年6月号より〕

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