意外にも面白い政治家本の世界  urbansea

毒舌、調整、政治改革……
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新党ブームと政治家本刊行ラッシュ

 政治家本を大別すれば、ここまでに取り上げたような回顧録と、小沢一郎『日本改造計画』に代表される政策本になるだろう。後者をさかのぼれば、田中角栄が総理の椅子を狙うにあたって、72年の自民党総裁選の直前に刊行した『日本列島改造論』がある。いわば政権ビジョンを書籍で提示するものだ。小沢本が出た際は、田中のそれと重ねる者もいれば、小沢が改憲論者として危険視されていたこともあって北一輝の『日本改造法案大綱』を想起する者もいた。ともあれ93年5月に『日本改造計画』が刊行されるなりベストセラーになると、橋本龍太郎『ヴィジョンオブジャパン』、武村正義『小さくともキラリと光る国・日本』、渡辺美智雄『新保守革命』などが相次いで出版され、政治家本ブームが起きる。背景には、政治改革と政界再編による新党ブームや地方再編の機運があったろう。その意味では92年5月、『文藝春秋』に「『自由社会連合』結党宣言」を発表し、同月に日本新党を旗揚げした細川護熙(もりひろ)がブームの立役者であったといえる。

 こうした90年代前半の政治家本ブームを象徴するのがマガジンハウスから刊行された新井将敬(しょうけい)『エロチックな政治』だろう。なにしろ『アンアン』『ポパイ』のマガジンハウスまでもが、この手のものを出す時代であったのだ。本書には、「ファーストキスはいつですか?」というインタビューもあるが、小林秀雄や福田恆存、マルクスなどを引き合いに政治を論じるコラムが中心だ。

 このなかで新井は次の言葉を記す。「TV番組において権力者を見極めるのは簡単である。それは、その人物がどれ程長い沈黙を許されているかによるのである」。

 当時は田原総一朗の番組などで饒舌に改革を語る政治家が人気者になった時代である。だからこれは自虐的なアフォリズムにも思える。

 なお新井は「平成の竜馬」をキャッチフレーズに改革派として名を馳せるが、98年、証券会社からの利益供与で衆議院にて逮捕許諾決議が行われる当日、自殺。菅義偉と同じ年に生まれ、50歳での死であった。

中央公論 2021年12月号
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〔あーばんしー〕
1973年生まれ。会社員。本の雑誌社の『おすすめ文庫王国』『つくるたべるよむ』や文春オンラインなどで書籍や雑誌に関する記事を執筆。

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