楠木建 ダイバーシティ経営の根幹は「好き嫌い」にある

楠木建(一橋ビジネススクール教授)

年齢のフィルターを通して人を見ない

 多様性に話を戻すと、私は、ダイバーシティ経営のもっとも重要なポイントは、「好き嫌い」とともに「年齢」だと考えている。

 日本企業はこれまで、年功序列制度のもとで、能力を年齢に"強制翻訳"してきた。若いというだけでポストに就けない、年をとっているだけで老害と言われる、定年になったら全員辞めるというように、何かにつけて年齢という物差しに寄りかかったマネジメントができあがってしまっている。

 もちろん、経験の長さは能力の基盤である。しかし、それは「能力」に価値を置いているのであって、「年齢」それ自体ではないはずだ。先に述べたように、人を男女という性差で区別すべきでないのは、経営にとってそのほうが得だからだ。それと同じように、年齢も一切考慮しないほうが経営にとっては得になる。これが結果的に多様性を高めることにつながる。

 経営者が本気で能力を評価しようとするならば、年齢を一切見ないようにするべきだ。年齢にかかわらず、求められる能力がなく成果が出ない人には、「あなたはいまの仕事には適性がなく、調子が出ないようなので、この四つのオプションのうちのどれかの仕事に代わってください」と率直に言うべきだと思う。どれもできないのであれば、「別の会社で働いてください」と言うしかないだろう。

 その代わり、能力がある人には65歳になっても70歳になっても働いてもらい、それに見合う報酬を支払う。それが正しい仕事の組織であり、経営だと思う。事実、こうした会社は増えてきている。そちらのほうがどう考えても得だからだ。

欲を持てば自然に多様性が出てくる

 現在の日本の経営者は、能力を年齢にすり替えているために、一人ひとりの能力をきちんと把握する目が曇っていると思う。能力評価は経営の鍵であるにもかかわらず、年齢という物差しに頼るあまり、能力を直視することができなくなっている。もともと、能力は人によって違う。能力を直視しようとすれば、個人とその人の「好き嫌い」をよく見るようになるはずだ。

 経営の根底にあるのは、成果に対する「欲」だ。優れた経営者ほど能力のある人に働いてもらいたいと考えているに違いない。

「ダイバーシティをやらなければ」「多様化が進まない」と言っている経営者は、成果への「欲」がなさすぎる。経営者は「欲」を持ってほしい。そうすれば、自然に多様性は生まれてくるはずである。

構成●戸矢晃一

中央公論 2022年5月号
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楠木建(一橋ビジネススクール教授)
〔くすのきけん〕
1964年東京都生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。同大学イノベーション研究センター助教授などを経て2010年より現職。専門は競争戦略。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』など著書多数。
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