村瀬俊朗 心理的安全性は強いチームの必要条件

村瀬俊朗(早稲田大学准教授)

どうすれば「失敗」から学べるのか

──最近も企業による不正や隠蔽が問題になっていますが、トップダウンによる組織ぐるみの不正だけでなく、ミスや失敗を報告できない組織風土が引き起こす現場レベルでの隠蔽が、大きな不正を育む温床にもなっています。


 まず、先ほどのゴール設定に関連して言えることは、リーダーが無理な目標を設定し、未達成者にペナルティを科すような組織であれば、メンバーは不正を犯してでも目標を達成するしかなくなります。私たちは良い環境にも悪い環境にも適応してしまうので、不正が常態化した組織では不正を犯すことへの心理的ハードルはどんどん低くなってしまいます。

 もう一つは単純に、失敗を責めるリーダーや組織の下では、ミスは報告されにくくなります。重要なことは、ミスは個人の問題で起こる場合もありますが、多くは仕組みの問題でシステマティックに発生するケースだということです。つまりAさんが犯したミスはBさんでもCさんでも犯しうるのに、Aさんが過度に叱責を受けたりペナルティを科されたりすれば、同種のミスは報告されなくなり、問題のある仕組みも温存されてしまいます。

 組織にとって、ミスは成長の糧であり、教材です。各個人が学んでスキルアップするだけなら組織は必要ありませんが、組織は知識や経験を共有し、共に分析し、その記憶を共有することで、個人が単独で学ぶよりもより深いレベルでスキルや知見を得ることに貢献します。これを組織学習といいますが、リーダーの人柄やチームの雰囲気からミスの報告が上がってこないとするなら、それは組織学習の機会を予め失っていることになります。チームやメンバーの成長も妨げられますし、報告も共有もされない失敗が目に見えないまま積み重なり、企業経営に関わるような大きな不正や不祥事を引き起こしてしまう可能性すらあります。


──悪意や故意によらないミスであればペナルティも叱責も受けないことが保証されていて、しかもミスを業務改善につなげるフローが可視化されていれば、率直に報告することに生産性すら感じられ、心理的負荷は低減されるかもしれませんね。


 それは重要な指摘です。「失敗から学べ」とはいうものの、私たちは失敗から学ぶことは決して得意ではありません。失敗の原因を時系列で分析するのも、手間がかかる作業であることは間違いありません。個人の責任に帰してしまうほうが簡単で、圧倒的に楽なんですね。

 それでも一つ一つ原因を洗い出すことが大切です。原因はたいてい一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合っていて、チーム内だけの改善では収まらないかもしれません。それでもそこまでやることがルール化されていないと組織学習にはなりませんし、メンバーに問題意識も浸透しないでしょう。

 報告しても何もアクションが起こらなければ、徐々に誰も声を上げなくなります。失敗の活用までが組織に規範として根付いていないと、「無能だと思われる不安」は解消されません。ミスも含めた経験を分析し、共有し、改善する組織風土があってこそ、継続的な組織学習が可能になるのだと思います。

(続きは『中央公論』2023年11月号で)

構成:柳瀬 徹

中央公論 2023年11月号
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村瀬俊朗(早稲田大学准教授)
〔むらせとしお〕
1978年東京都生まれ。1997年、高校卒業後に渡米。2011年、セントラルフロリダ大学で博士号取得(産業組織心理学)。ノースウェスタン大学およびジョージア工科大学で博士研究員(ポスドク)を務めたのち、ルーズベルト大学で教鞭を執る。17年より現職。専門はリーダーシップとチームワーク研究。
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