安倍政権の7年8カ月を支えた首相秘書官が今こそ明かす「強い官邸」の作り方、そして財務省へのエール

今井尚哉(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)×牧原 出(東京大学先端科学技術研究センター教授)

闘争する官僚たち

牧原 通産省ではエネルギー政策や通商を主に担当されていたのでしょうか?


今井 全般的にいろいろと担当しましたが、最初は自ら希望したエネルギーをやらせてもらって、そこが一番長く携わった分野ですね。

 実は大学生の時から、入るのは通産省だと決めていました。そのきっかけは2冊の本で、1冊は城山三郎さんの『官僚たちの夏』、もう1冊は堺屋太一さんの『油断!』です。


牧原 どちらも1975年に刊行された、通産官僚たちを主人公にした小説ですね。


今井 『官僚たちの夏』の主人公、風越信吾のライバルとして描かれた通産省同期の玉木博文のモデルは今井善衛といって、私の叔父にあたります。親戚が出ていると聞いて読んだのですが、戦後日本の経済を発展させるために、風越に代表される統制経済派の政治家や官僚と、玉木に代表される自由主義派との激しい思想対立があったことに驚きました。

 善衛は戦前、岸信介商工大臣の秘書官を務めています。安倍さんの秘書官になってからそのことに気づいて、「どうも叔父と2代で秘書官をやっているみたいです」とお伝えしたこともありました。

 岸さんは収監中の巣鴨プリズンで新憲法を知り愕然として、対米従属の吉田ドクトリンへの反発心を燃やしたわけですよね。吉田茂さんは典型的な外務官僚気質で、焦土から独立国家へと復帰するためには、軍備に割く資源はないというリアリズムがありました。

 また、岸さんの後任で首相になった池田勇人さんは、大蔵官僚気質を発揮して、安保闘争で荒れた社会を経済成長で収めました。それぞれの政治家が自分の見込んだ官僚たちとタッグを組んで闘争していたことを知って、こういう世界に身を投じたいと思うようになりました。


牧原 さらに『油断!』は原油輸入の止まった日本を描いた小説ですから、入省後の歩みに直接の影響を与えていたともいえそうですね。


今井 希望が通ってすぐにエネルギー畑に行かせてもらうことができましたが、国家公務員試験に受からなかったときのことはまったく考えていなかったので、いま考えると危なっかしい思い込みです。

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