雨宮智浩 メタバースはセカンドライフの轍を踏むか

雨宮智浩(東京大学准教授)

セカンドライフの轍を踏むか

 セカンドライフのブームを知る人からすれば、いまのメタバース(あるいはそれに相当するサービス)も似たようなコンセプトで、また同じ轍を踏むのではないかと思うだろう。先進的なコンセプトであったセカンドライフは、いまのメタバース的なサービスが掲げる特徴の多くをすでに持ち合わせていた。セカンドライフ内の通貨はリアルマネーである米国ドルと正式に換金できた。また、限られた種類ではあるが、アバターの見た目や衣装を選択できた。では当時と現在では何が異なるのか。

 ブームから10年以上を経て、最も大きく進歩したのは、計算機の性能である。これまでに登場したメタバース的なサービスでは、サーバやクライアント端末の処理能力が原因で同時に多くのアバターを表示することや、アバターの振る舞いを遅滞なく通信し、表示することは技術的に困難であった。それに対して、近年ではCPU(中央処理装置)やGPU(画像処理装置)の能力向上、通信回線の大容量高速化によってこうした問題が解決されるようになった。

 また、コンシューマ向けVRデバイスも進化した。セカンドライフの全盛期には非常に高額な研究用のHMDしかなく、セカンドライフのユーザはみなパソコンのモニタを通じてVR空間を見回し、キーボードやマウスでアバターを動かしていた。パソコンの画面で見る「デスクトップモード」の体験は気軽にできる一方、その世界に自分が没入したような感覚に乏しかった。それに対して、現在のメタバース的なサービスは、リッチな体験ができるVRデバイスの他に、パソコンやスマートフォン、タブレットでも利用できることが大きな特徴と言える。

 また、UnityやUnreal Engineという個人が無料で使えるゲームエンジンの登場で、簡単にVRシステムが開発できるようになった。さらに無料で利用できるBlenderというモデリングツールによって3Dモデルの作成も容易だ。このようなツールを駆使して、年齢を問わず、世界中のクリエータが様々な仕掛け(ギミック)を含んだ自作の3D空間を公開するようになった。

 また、まだごく少数ではあるが、メタバースに暮らす住人も生まれつつある。食事も睡眠もVRゴーグルを被ったまま行う人がいる。これは極端な例だが、その域まで達しないまでも、イベントなどに人が集まることも増えてきた。常に他の誰かが存在して交流できる状態は、コミュニティを活性化させ、その先には経済圏の誕生も期待できる。

 こうした技術的な進化、思考の進化には、セカンドライフの過剰なブームの二の舞とはならないと思わせるものが多い。さらに、金脈に群がる仕掛け人ではなく、当時はあまり重視されていなかったクリエータコミュニティを尊重するなどの教訓は、現在のメタバースを発展させるうえでも有効に機能するはずだ。

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