売れるタイトル付けの方程式は存在するか? ~中公新書『人類の起源』から見る"ヒットの起源"~
あり得たタイトル、あり得ないタイトル
そもそも『人類の起源』は上記の方程式を満たすのかどうか。パッと見ていろいろ想像させるという意味で、テーマがデカい=間口が広いということは言えそうですが、読者に「自分事だ」と思ってもらえるのに一番良い表現なのかどうか。
似たような内容で他社から出ている本でいうと例えば、講談社ブルーバックス新書『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』とか、あるいは本ではないですが、有名なゴーギャンの絵画「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」とか、「人類」を「我々」と言い換えることによって、読者により当事者意識を持たせることで興味を惹くやり方もあったと思います。
過去の中公新書で同じような例として他に、『なぜ人は騙されるのか-詭弁から詐欺までの心理学』がありました。これが「なぜあなたは騙されるのか」であれば著者が自信満々で読者に指南してくれるイメージになりますし、「なぜ我々は騙されるのか」とすれば逆に著者が読者にかなり寄り添ってくれていそうな印象を与えます。しかし中公新書編集部が出した答えは「人」を主語にすることでした。
これはレーベルとの馴染みの問題だと思われます。ここで2018年、デイリーポータルZさんに中公新書編集部がインタビューを受けた記事(https://dailyportalz.jp/kiji/180801203558)を見てみましょう。
"(西村さん)例えば、『人種とスポーツ』(川島浩平・中公新書)というタイトルの本のサブタイトルは「黒人は本当に「速く」「強い」のか」である。他の出版社だとサブタイトルをタイトルにもってきてもおかしくない。"
"(編集長)『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』(山田真哉・光文社新書)以降すごく増えましたけど、岩波新書や中公新書は文章みたいなタイトルはあまりつけないですね。『応仁の乱』とか、『定年後』みたいに、まっすぐなタイトルが多い。"
三人称を使うことで客観的な分析が行われていることを示す方が、中公新書の読者層にマッチしているという判断。闇雲に"方程式"を優先すると、レーベルのファンの方々にチグハグな印象を与えてしまいかねないのですね。
他社の新書をみてみよう!①教養新書のやり方~シンプルイズザベスト~
そういうわけで、じゃあ他社はどんなタイトル付けしているのか!?を探るため、安直ではありますがAmazonのランキングで各社新書レーベルごとのランキングをみてみましょう!
まずは中公新書と最も近いとされる岩波新書から。
1位『英語独習法』
2位『スピノザー読む人の肖像』
3位『学びとは何かー<探求人>になるために』
4位『行動経済学の使い方』
5位『ジョン・デューイ: 民主主義と教育の哲学』
さすがのラインアップ。深緑にしたら中公新書と見分けがつかない可能性がありますね。
お次は講談社現代新書。
1位『世界インフレの謎』
2位『ほんとうの定年後 「小さな仕事」が日本社会を救う』
3位『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』
4位『今を生きる思想 宇沢弘文 新たなる資本主義の道を求めて』
5位『人生百年の教養』
大分柔らかいタイトルが増えました。とはいえ"新書御三家"と呼ばれる教養新書の代表的レーベルです。今回記事を書くにあたって「新書 タイトル」で検索したみたところ、講談社現代新書編集部による「メガヒットしそうな「新書のタイトル」を、本気で考えてみた」(https://gendai.media/articles/-/67740)という、Twitterで「#こんなタイトルの現代新書を読みたい」と募集した架空の新書のタイトルを検証するという企画がヒットしました。それを読むと、編集部がビビッときているのはたとえば『フス戦争』、『石牟礼道子』などタイトル=テーマになるビッグタイトルが多い。ターゲットに設定している読者層の幅広さを感じさせられます。