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東電問題は東京と日本が直面する課題の縮図

田中直毅(国際公共政策研究センター理事長)

働き手の意識変化から日本の構造改革へ

 東京一極集中を歴史的に振り返れば、明治維新と近代化政策とが、ウエスタン・インパクトに対する日本の適応過程と表裏一体であったことに気づく。当時は朝鮮、清国(中国)等の周辺諸国がいまだ内部に自立的なものを見いだせていないところから、日本は一国単位の富国強兵モデルを採らざるをえなかった。そして、このシステムを採ろうとしたとき、司馬遼太郎が評したように、東京を中心とした「配電盤」としての仕組みが組み込まれたのである。これが、第二次世界大戦後に一層の東京一極集中につながる基盤ともなった。

 第二次世界大戦以前においては、大阪と東京はいわば二都として機能していた面がある。当時の日本では対中貿易の比重が高く、対米交流の拠点は東京であっても、対中のビジネス交流は大阪が中心となっていたといえるだろう。戦後は東西冷戦構造の下で中国貿易が一挙に細り、東京中心にビジネスが移ってきたのである。

 今回の電力供給不足問題、東京問題の顕在化によって、東京中心となっていたビジネスの内側から新たな展開の機運が生まれたのは極めて興味深い。

 働き手の意識も、「3・11」以降、一挙に変わろうとしている。東京では地震発生当日に大量の「帰宅難民」が発生し、輪番停電の始まった三月十四日からは通勤に不確実性を伴うようになったのである。こうした状況が短期的なものではないということになれば、在宅勤務等も含めて、自らの仕事の仕分けをしたいとする人々が増えてくるであろう。事業会社のほうも、働き手にとっての非効率、不便宜は会社にとってプラスにならない。またICTが高度に発達してトータルなシステムとなっている以上、在宅勤務を容易化する業務範囲は飛躍的に拡大している。

 この在宅勤務の問題が論じられるようになってから二〇年近くが経つが、近年の議論で新しいのは「ダイバーシティ」(diversity)というテーマで、働き手のみならず、働き方についても多様性が求められている。高齢社会が到来し、マクロ的には労働投入量に限度が生じはじめていることから、働き方と働き手の多様化は、マクロの成長政策を考えるうえでも不可欠な視点になったといえよう。

 在宅勤務を勤労体系のなかに入れるためには、仕事の評価システムを根底から変えなければならないであろう。すなわち、仕事の実績の評価について、できるだけ相互比較が可能な仕組みを入れることが不可欠である。

 これが進めば、日本の構造改革、サプライサイドの再編が生じることになる。仕事の効率低下に、そして通勤の不確実性や長時間化に耐えられないのは、働き手のみならず、事業会社もまたしかりだからである。ここから、仕事の評価について新しい基準が生まれる可能性が出てくる。こうした基準が登場するならば、業務の基準化にさらに拍車がかかることになるのである。

 当然のことながら、この場合、グローバルなアウトソーシングの進行にまで行き着く可能性もある。グローバル時代において、例えば、外国語を日本語に訳す業務はすでに相当程度アウトソーシングが進んでいる。中国・大連に日本語の音声を送り、そのテープ起こしを頼むのはもはや特別なことではないし、英語についていえば、インドにそのカウンターパートを見いだすこともごく普通のことになりつつある。仕事の評価の基準化が進めば、さらに多くの分野において、こうしたことが可能になる。差異化を掲げ、日本の経済活動の付加価値を高めるためには、教育や研究に対するさらなる研鑽が日本のなかで生じなければならない。

 都市・東京についても、機能の純化が行われることによって、逆に交流空間としての意味をさらに引き上げなければならなくなるといえるだろう。その可能性も、論理的には極めて高い。

 東アジアにおいて、交流空間としての魅力度において東京が一歩前に出れば、都市間競争といわれるなかで上海や香港、ソウルに劣後することはないだろう。すなわち、東京の機能純化を通じて、日本国内のみならず、国際的な交流空間においても、魅力度の向上をめざす東京の内側のさらなる革新の進展が期待されるのである。

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