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苅谷剛彦×橘木俊詔 英語支配と米国モデルに大学は抗えるか ――入試大混乱時代のエリート教育論(下)

苅谷剛彦(オックスフォード大学教授)×橘木俊詔(京都大学名誉教授)

ドイツの大学に変化の兆し

―イギリス、フランスを中心に論じてきましたが、両国以外の入試事情、大学事情についてはどのようにご覧になっていますか。

苅谷 まずアメリカに目を向けると、教育は基本的に地域の問題です。連邦政府は初等教育や中等教育を州に任せていますので、小中学校、高校の形態は州によってぜんぜん違います。日本のような全国共通の学習指導要領もなく、州ごとにカリキュラムも異なります。その結果、学力の面でも地域間の格差が大きい。
 ですから、入学者を選抜する場合、いわゆる内申書(GPA)では地域や高校ごとのばらつきが出てしまう。そこで共通の基準を作る必要に迫られ、二十世紀になる世紀の変わり目に非営利法人のカレッジボードができ、全米共通で使える統一試験として作られたのがSAT(大学能力評価試験。Scholastic Assessment Test)です。SATは数理的な能力と英語の能力、論理推論の能力をテストする問題だけで構成されています。つまり適正検査であって学力検査ではありません。
 別団体が運営するACT(American College Testing Program)というもう一つのテストもあって、そこには科学のテストが含まれます。大学進学のためにはSATかACTどちらかの点数の提出が求められます。最近、SATに教科の学力を見るテストの部門が加わりました。受験生はこれらの成績と、高校からの成績推薦状、自分自身のことや志望動機などを書いたエッセイなどを提出し、これらによって入学者の選抜が行われます。

橘木 EUの雄ドイツの大学はどうでしょうか。私の知る限りでは、ドイツは今まで州立大学が中心で、大学間格差はほとんどなかったんです。ところが近年、英米日を見ていて、エリート大学とそうでない大学との格差があるほうが、研究は良いものが出てくるし、技術も強くなるのではないかということで、ドイツでも大学に格差を作るべきだという声が起こっているという記事を読みました。これは事実ですか。

苅谷 僕も詳しくは知りませんが、おそらく事実だろうと思います。かつてのように均等にというのではなく、ある程度選択と集中へとシフトしています。
 ただ、戦前のドイツの大学は、エリート養成機能を果たしていて、そこでの教育は、アメリカで大学院が作られる時のモデルになったと言われています。橘木先生がPh.D.を取られたジョンズ・ホプキンス大学はドイツのゼミナールでの教育をヒントに大学院大学としてスタートした大学ですよね。それまで学部教育中心だったアメリカに大学院教育を広める上でドイツの大学が参考となった。その意味で、エリート主義的だった。ところが、ドイツでも、戦後はエリート主義への批判が起こる。

橘木 先の大戦での敗戦と、エリート教育を否定する発想は、ある意味つながっているんですね。

苅谷 ドイツはもともと連邦国家でしたが、ナチス政権下で中央集権化が行われ、各州の主権が国家に移譲され、あのような歴史を突き進んでいったわけで、戦後もう一回繰り返さないようにするには分権化によって力の分散を図る必要があったということでしょう。
 でも、そうした歴史の波をくぐりながらも、英米の影響もあってか、近年になって連邦政府の「エクセレンス・イニシアティブ」という政策で、一一の大学を選び優先的に資金を投入するなど、選択と集中が始まっています。

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